小辺路・大峯奥駈道縦走

04/04/30

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  去年のゴールデンウィークに実行しようとしたこの小辺路・大峯奥駈道の縦走は、正月に痛めた右足首の捻挫が完治せず、小辺路縦走のみの計画に切り替えて実施した。一年間胸に溜るものがあり何とか今年こそと思う反面、体力的には年々衰えを感じ両肩には60肩のダブルパンチで、これを何とか直そうとした素人療法がたたって両腕まで痛みザックに手を通すのさえ痛く、左足の膝関節も2月の中辺路歩きで痛めている。もう一つおまけにマウスによる右手首の腱鞘炎が重なってとてもこの縦走に耐えられる体では無いような気がしていたが、若者ならいざ知らず来年に還暦を迎えるこの体が時を待って充実に向かうはずも無いと思うと気力の有る今がラストチャンスかもしれないと考えた。ただ一つの気がかりは毎年、5月の長距離縦走の前には60km2泊3日のリハーサルを兼ねた紀泉高原とダイヤモンドトレールの縦走で体調確認を行っていたが、今回はそれも実行できていない。

430日金曜日 1日目

05:10 私にとって大冒険のスタートなのにあまり気負いは感じない、このがたがたの体で200km近くの厳しい山道を歩き通そうというのだから気負っても好い筈なのに、不思議に気持ちはリラックスしている。ハンディーのある体だからこそ、この三大霊場を結ぶ修験の道で何か得られる期待が心の隅にある。宗教心は無いが、自分がなぜこの世に存在して何処に行こうとしているのかそれを知りたいと思う気持ちは修験者と同様ではないかと考えている。

08:34 高野山千手院前バス停を降りて金剛三昧院入口をスタートした。ゴールデンウィークとはいえ早朝のせいか観光客は殆ど目にしない。ケーブルでの登りでは車窓から数本の美しい石楠花が目を楽しませてくれ、低山では既に石楠花の開花期に入っている事を実感した。

 
新緑の杉林 
 
大股集落のシャクナゲ 

08:48 大滝口女人堂に到着、ここで服装・靴紐等本格的な準備をして出発だ。去年真新しいと感じた道標が一年を経過してそれなりに周りの景色にマッチしてきたようだ。この女人堂跡が高野山から熊野本宮への参詣道の始点となっている。

09:33 薄峠に到着、熊野古道といえば大木の杉とイメージする位だが、この大木の杉には美しさを感じる事より畏怖の念を抱く事の方が大きい、しかし大滝口からの道中右手に見える植林された杉は若さに満ちた美しさを感じた。常緑樹の杉に新緑などは無いと思い込んでいたが、春はそれなりに平等に訪れ朝の光と合いまみえて美しさを演出している。

10:33 大滝集落に到着、去年この集落に個人的に石楠花の里と銘々したほど石楠花が咲き乱れていたが、今年は花の数が少ない、花芽をチェックしなかったので時期的なものなのかどうかは判らない。

11:10 杉の植林地帯の急勾配のトラバースを登ると、右手の谷向こうに高野竜神スカイラインが見えてきた。スカイラインを車で走る時は周りがあまり見えないため尾根道を走っているとは思わないが、ここから見るスカイラインは確かにスカイラインだ、標高の高い所を走っているのが実感できる。

11:17 高野竜神スカイライン出合いに到着、太陽が薄っすらとは見えるが全体に薄い雲がかかり青空は見えない、快晴の天気予報とは違うが暑さを感じさせない絶好の歩き日和かも知れない。ここで大休止。

11:37 国道371号線の道路標識が見える、スカイラインは有料期間を終えて国道になったようだ。今日は4輪車より2輪車の通行が多く、若者は春の風を受けてツーリングを楽しんでいるようだ。

12:01 高野龍神スカイラインを離れて古道に入る。

12:17 水ヶ峰集落跡に到着、この標識のある場所は一軒の家が建つスペースこそあるが他にそんなスペースは見当たらず、ここに集落が有ったとは思えない。集落といっても隣の家迄数百mも離れたそんな形態のものだったようだ。道は車一台がようやく通れる程の広さであり轍が残っている所を見れば、微かにかっての生活が残っているのかもしれない。墓地が見える、五つの墓標が立っている。5軒ほどの集落だったようだ。

12:28 小さな檜の皮が下方からささくれている、この植林地帯はどうなっているのだろう、こんな荒れた植林は見た事が無い。

12:29 林道タイノ原線に到着、ここで小休止

12:56 緑と歴史のビューポイントに到着、小辺路の概要を説明する表示板が立っている。高野山から熊野本宮を結ぶ各集落の物資輸送の生命線であり、又熊野参りの修験者・念仏道者の街道でもあり各宿所はこれらの人々で繁盛したとある。修験者が歩くのは解るが、この起伏の多い山間の物資輸送を担った人々の苦労は修験者の比では無かったのではないかと推察する。

14:19 林道タイノ原線と古道を何度となく交錯して大股集落に到着、去年テントを設営した場所(畑)は猪避けの高圧電線を張り巡らして人も動物も出入りが出来なくしている。もっとも今年はこの大股で宿営するつもりは無く、可能なら伯母子小屋を狙っている。

15:06 大股からの急登が終わり少し登りのなだらかな地点に来たが水場が見つからない。去年の記録から大股から30分の所に水場があるはずだが、これが見つからずに伯母子迄辿り着けなければ夕食の仕度がピンチになる。

15:15 萱小屋跡に到着、もはや伯母子小屋迄歩く気力が無い、先程ほんの僅かだが水が流れていたので何とかそれを汲み取りここを今夜の宿営地としよう。

16:23 テントの設営を終了した、先程の僅かに流れる水場で30分をかけて1.5lの水を採集した。崖に面し危険な場所で足場も悪かったが何とか水を確保できた。小さな流れは毎年水が確保できるとは限らない事を肝に銘記しよう。

17:30 この地にテントを設営しても良いかと女性から声がかかり、同行者が出来た事に何か和むものを感じる。

5月1日土曜日 2日目

05:29 萱小屋を出発、昨夜同地にキャンプした女性は6月に大峯奥駈道や小辺路が世界遺産に指定されると人が多くなるのでこの連休で歩こうとしている、東京からの女性であり、この小辺路に全く人が歩いて無くて驚いているようだった。まだ若く気さくに話せそうな感じの人だ。

06:09 ここは檜峠、伯母子岳迄1.9kmの地点だ、左手に伯母子岳が見える。少し逆光気味なので下の方は緑が黒く見え、上部はなぜか茶色ぽく見えている。

 
 伯母子岳山頂から
 
 赤い三田谷橋

06:33 護摩壇山分岐に到着、左をとると山小屋迄1km、右が護摩壇山、直進800mで伯母子岳山頂となっている。休憩なしに山頂を目指す。

06:53 伯母子岳山頂1344mに到着、太陽は見えるが全体に薄くて白い雲が掛かり青空は見えない、遠くの山にはガスがかかり中々好い雰囲気だ。風が強くとても寒い、風を避けて新潟から来たという登山者と少し話をした。昨日は大台ケ原と八経ヶ岳に登り、本日はこの後釈迦ヶ岳に登ると言うハードスケジュールだ、食道癌手術のあと健康を維持するために日本100名山に挑戦しているとの事、それにしても一日に二つの山を走破していくとは凄い。

07:17 伯母子小屋に到着、熊に出会った時の注意事項が記してある。熊避けの鈴を持っていないので少し不安を感じる。

07:31 水場で歯ブラシ洗顔を済まし少しさっぱりとした。

07:56 崖崩れの場所は一度整備されたようだが、再び崩れたような形跡がある。去年高巻いた時には道が整備されてなくブッシュの中を歩いたが、今年は道として簡易ながらも整備され格段に歩き易いが、急勾配のためかなりしんどい。この崩れ方では正規の道を復旧する事は永久にできないかもしれない。

08:08 旅籠上西家跡に到着、かなり標高を下げたのでもう熊の心配をしなくて良いだろう、これまで大きな声で歌ったり、木の棒で石を叩いたりして熊避けの鈴代わりにしてきた。

09:55 伯母子岳山頂から標高差1000m以上を一気に下って三田谷に到着、山間にしては割りと大きな川が流れ、赤い三田谷橋が架かっている。ここで再び彼女に追い着かれた。

10:35 五百瀬の船渡橋の下で水を補給した。彼女が大股の川で水を補給したと言っていたので少し気になっていた。我々は谷間のセセラギから水を補給するのは当然としても、大きな川から補給する事はない。15歳から大学迄アメリカのコロラド州で過ごした彼女はトレッキングもアメリカ方式で水のフィルターを持参していた。それを借りての補給だったが、かなり力のいる作業だ。ここでは色々な話ができ、彼女が私の娘と同じ歳であることも知りますます親しみを感じた。

11:52 三浦峠は急登の連続だ、小刻みに休まないと体力が持たない、彼女も追いつ抜かれつで頑張っている。

12:28 去年のキャンプ跡に到着、崖に面した狭い道だ、よくもこんな所にテントを設営したものだと我ながら感心する。

12:42 三十丁の水を飲みすぎて体が動かない。ここらは丁石地蔵さんが立っているようだが、何処を基点に何処まであるのかは判らない。

13:30 三浦峠ピークに到着、千葉からの女性3人パーティーと例の彼女、それに小辺路の案内板を設置中の地元の人と30分以上のお喋りを楽しんだ。この中で杉の植林地帯には熊の餌になるものが無いので熊はいない事を教わった。

14:09 三浦峠ピークをスタート、植物を獣害から守るためのネットが張られた通路を通って西中に向かう、詳しい説明を読まなかったのでどの植物をどの動物から守るのかは不明。

14:22 古矢倉跡に到着、矢倉の形跡は何も残っていない、少し水が流れていて水場としての利用はできそうだ。

14:41 降りで足の膝が笑い出し、せっかくの降りを快調なペースでは歩けない。ここからは旧道と新道に道が分かれている。去年は新道を通ったので今回は旧道を歩いて見よう。

14:58 新道は降りのみの道だったと記憶しているが、この旧道はアップ/ダウンの多い道で結構疲れる、しかし五輪の塔等昔の面影を残しているのは旧道だ。ここで小休止。

16:02 西中に到着、小さな流れがある。顔を洗って喉を潤し、水も補給した。

16:24 西中の川に到着、川原でテントを設営しようと思うが、付近一帯キャンプ禁止の立て札があり、なかなか踏み切れない。とりあえずザックをテント設営予定の川原に置いて自動販売機のジュースを飲んだが、疲れているせいかとても美味しく感じる。彼女も降りて来たのでテント場の状況を説明し禁を破る事にした。

 
 接待を受け、人の情けに感動した西中のキャンプ地
 
 西中からの国道歩き、鮮やかなフジの花
 
 国道に並走する西中の川
 
 果無峠の石畳で待ち構えたカメラマンに撮ってもらう
 
 20丁のシャクナゲ

18:00 考えても見ない事が起こった。近所の子供たちが数人、おかずが出来たので食べて下さいとテントに訪ねて来た。最初子供の声がした時はてっきりキャンプ禁止地区だから出て行ってくれと言われると思ったのに。何と人情味のある地区だろう、参詣道の接待の風習が残っているのか、小辺路ならではの風情かもしれない。彼女共々心温まるものを感じた。

5月2日 日曜日 3日目

05:18 西中の川原のキャンプ地から出発、これから柳本の長い吊橋迄8km以上の国道歩きだ。アスファルト道路に弱い左膝が少し気がかりだがバスに乗る気にはなれない。薄い雲が掛かっているが天気は良く清々しい朝だ。

06:12 蛙・鶯・カラス・ヒヨドリ・名前の知らない鳥多数の泣き声と囀りの競演だ、何とのどかで落ち着きを感じる道程だろう。

06:36 道路の右側には土手の20m位下に川が右に左に蛇行しながらゆったりと並走している。川手には紫の鮮やかな藤の花、道端には手入れの行き届いた花壇に春の花が溢れている。疲れを感じさせない快さだ。

06:52 気温が上昇してきたのか、体が温まってきたのか薄っすらと汗が出てきた。2時間近く歩いてのこの状態は、よほど気温が低かったのかも知れないが、出発の時には寒さは全く感じなかった。新緑の匂いがムンムンとしている。その木もあの木もみんな一杯芽を吹き出している。

07:19 柳本の吊橋に到着、昴の郷あたりにだいぶ遅れて彼女が歩いているのが見える。彼女はアスファルト道になって俄然ペースを落としている。これからの果無峠を越えられるのかちょっと気がかりだ。

08:04 長い長い石畳の急勾配を登っている。民家が見えてきた。

08:18 小辺路を歩く人を撮ろうとカメラマンが3人三脚を構えている。彼らに初めて自分の歩いている姿を自分のデジカメで撮ってもらった。今まで山や風景以外は人を意識して撮った事は全くないのに彼らに歩く姿を撮ってやると言われて素直にデジカメを渡してしまった。山岳写真を志す者にとってちょっと軽々しかったかなと少し反省。しかし同じ写真に興味があっても、写そうとする対象がこれほど違うのも写真の持っている奥の深さか。

08:36 馬頭観音菩薩の第29丁石地蔵がある。この丁石地蔵は30丁から八木尾の1丁迄続いている。

09:02 第25丁石地蔵、千手千眼観世音菩薩がある。前方に開けた場所がある、ここは天水田の標識が立っている。畑もしくは水田のあったような形跡が残っている、こんな高地まで開墾しなければならなかった昔の人々の苦労が偲ばれる。休憩をしているととても寒い、空はどんよりと曇り、遠くの山は皆ガスが掛かっていて、今にも雨が降り出しそうだ。

09:59 第20丁石地蔵、千手千眼観世音菩薩がある。ここには大きな御堂が有りその裏手には石楠花が咲いている。この石楠花も去年よりは花の数が少ない気がする。石楠花の葉に注目して見た、葉の裏側の茶色の色が大峯山系の北側に自生するものに比べて非常に薄く、綿毛の様な物も付けていない。この手の石楠花の開花は年による当たり外れの少ない種類の様に感じる。ホースで引かれた豊富な水が垂れ流しの状態になっていて、洗顔と歯磨きでさっぱりとした。

10:26 第19丁石地蔵、前方に釈迦ヶ岳が展望できると標識に書いてあるが、ガスが立ちこみ視界は20m程しかない残念だ、既に標高860m迄きている。

10:52 果無峠ピーク1114mに到着、ここに第17番丁石地蔵さんが立っている。小さな雨が降り始め非常に寒い、少し標高を下げれば雨は無いかもと思い休憩無しに降る事にした。

11:10 第15丁石地蔵、11面観世音菩薩、ここまで来ると殆ど雨を感じない。降りに入って足の指先に痛みを感じだした。靴紐を少し強く締めてみよう。ついでに大休止を取って食事にしよう。

12:24 八木尾と七色の分岐点に到着、七色迄は20分となっている。八木尾の道を採る。

12:43 第5丁石地蔵、この辺りから熊野川が見えるようになった。川の水量は少なく中程をちょろちょろと流れている感じだ。遠くの山はガスがかかり、また小雨も降ってきた。

13:09 八木尾に到着寸前の降りの石階段で滑り転んでしまった。怪我は無いが濡れた石段をあまりにも無造作に歩き過ぎた。国道が眼下に見えてきた事での気の緩みか。八木尾のバス停に到着した。去年はここでの方向感覚が全くなく、地図とコンパスで本宮大社の方面がどちらなのかをチェックした事を思い出した。

13:25 カッパを着込み、ザックにもカバーを被せて、またまたの国道歩きだ。今日の宿営地わくわくの郷キャンプ村迄は4km程ありそうだ。彼女(肥後さん)は無事果無峠を越えられるのだろうか、今日は果無峠登り口の柳本の橋でずっと後方に見かけたのが最後だ。

18:50 わくわくの郷キャンプ村に到着して、既に温泉に浸かり、洗濯も終え乾燥中だ。また肥後さんとビールを飲みながら楽しく歓談した。彼女は三浦峠を降りた時に足に血豆を作り、今朝は昴の郷で果無峠越えを断念してバスでここまで来たとの事でちょっと残念だ。6月にはアメリカに帰国(?)してコロラド渓谷のトレッキングコース約400kmを2ヶ月程かけて友人と歩く計画をしているとの事で健闘を祈ろう。この3日間は可愛い女性の同行者が出来て楽しい山旅が出来たが、明日からはいよいよ核心の大峯奥駈道順峰6日間の旅にはいる。小辺路は山里を縫うコースでエスケープし易く比較的気軽に歩けるが、奥駈道はそうはいかない。山里も集落も無く距離が長い、南部は標高こそ低いが無数のアップダウンコースの連続と地蔵岳付近は危険度も高い。また北部は通いなれた山ばかりとはいえ標高も高くなり侮れるものではない。気を引き締めて明日からの行程に望もう。

5月3日月曜日 4日目

05:41 いよいよ大峯奥駈道順峰で吉野を目指して出発だ。今、肥後さんと別れの挨拶をした。彼女は何か波乱に満ちた人生を送りそうな予感がするが、頑張って生きて良い人生を送れたらいいなと思う。キャンプ村から国道に出るのに結構きつい登りだ、朝いきなりのこの登りでバテ気味だ。水はフルの2.5lを持ち、テントが濡れているためザックは幾分重い気がする。雲は低く垂れ込めているが雨は降っていない、少し青空の見える部分もあり、今日一日天気はもちそうな気がする。

06:25 本宮大社でお参りを済ませ備崎方面に向かって歩いている。今年のキャンプ村は一昨年に比べて車でのキャンプが非常に多く、夜遅く迄騒ぐのでなかなか寝付かれなかった。早朝にもかかわらず大社でお参りする人も多く感じた。世界遺産への登録が目前だという事が影響しているのだろうか。

 
 七越峰を抜けてもまだ見える、大社の大鳥居

6:50 備崎の橋を渡って川の堤防を歩き、大峯奥駈道のスタート地点に立った。引き返すのは今しかない、コースに入ってしまえば自分の性格では何が有ってもエスケープする事は無いであろう。弱気な考えがちらりと過ぎるが、此処まで来て引き返す事はできない。

07:52 七越峰に到着、世界遺産の関係か一部紛らわしい所もあったが、道標はかなり整備されている。一昨年の逆峰では七越峰の道標のまずさから道迷いで3回も峰迄登り返したのを記憶している。

08:14 先程本宮大社の大太鼓の音が聞こえていた。大社の大鳥居も見えているし、まだまだ大社から離れられない。この調子だと本日中に玉置山に到着できるかは微妙だ。水は本日の夕食分迄持っているので、玉置山に到着出来なくても適当な場所でキャンプする事ができる。

08:19 怪しいテープの道しるべにつられて踏み込んだが、どうも道がちがうようだ。登りの尾根道を歩こう。

08:53 山在峠の林道に出てしまった、道標は立っているが向きが微妙でどちらを採れば良いのか判断が難しい。宝きょう院塔の案内が林道側にも山道側にもある。

09:10 玉置山の道標を見つけた、一安心だ。まだ熊野川と平行に歩いているようだ。本宮の懐の深さを見せ付けられる思いだ。

09:15 これから歩く尾根道がずっと見えてきた。青空もかなり広がって来たが、今度は暑さが心配になってくる。

09:35 宝きょう院塔に到着、朝露避けに付けたカッパのズボンを脱いで出発する。奥駈道を挟んで杉の伐採が進んでいて、立ち入り禁止の標識が立っている。道も判り難いし危険でもある、世界遺産登録前にこんな事で良いのだろうか。

09:42 伐採地を抜けた。眼下にはまだ熊野川が見える、備崎の橋も萩の町並みさえ見える。此処までは熊野川を平行に辿るのみで、山側にはぜんぜん入らないようだ。気分的に疲れてしまう。

10:36 先程から蝉の鳴き声が聞こえる、すごく体が疲れている。こんな調子でこの奥駈道を走破できるのだろうか。小休止する。

10:49 大黒天神岳に到着、連休とあってかなりのハイカーに出会った。ここにもハイカーが3人いたので少し喋ってみた。

11:02 金剛多和の宿跡に到着、役行者の像が祭られている。

11:15 少しフラットな所に出たので食事休憩にはいる。吉野を発って今日が五日目という3人パーティーと話をしたが、グループで行動すると引きずられて結構早いペースになるようだ。

12:51 五大尊岳825mに到着、急登で手にボイスレコーダを持っては登れなかった。レコーダをポケットに仕舞い両手をフリーにしての登攀だった。

14:32 大森山ピーク1078mに到着、水切れで汗も出ないという人がいる。同じ玉置山に向かっているが、自分自身が今日内に玉置山に着けるか心配しているので、水を分けてやる事は出来ない。もし玉置山に届かない時は水の補給場所が無いのだ。

15:49 地図に無い林道に出てしまった、道標が無いので玉置山の方向に向いた道に入った。

16:11 玉置辻(本宮辻)出発、林道と奥駈道が交錯しどの道を選ぶべきか何度も迷う。

17:00 玉置神社登り口に到着、精神的にも肉体的にもかなり疲れている。水切れの彼も良く頑張った。神社迄後一息だが腰を落としたまま、なかなか立ち上がれない。

19:00 社務所の水場で水を補給し、更に20分程登った玉置山頂の電波塔の下でテントを設営した。水切れの彼も一緒だ。ラジオの情報によると明日は低気圧が近付き、強風と大雨の予報で先が思いやられる。

5月4日火曜日 5日目

05:26 天気予報通り夜中から雨が降り出し強い風も吹いているが、電波塔横のキャンプ地は周りの森でうまく風がシャットアウトされていた。雨の中の出発は気が重いが天候の回復を待つわけにはいかない。花折塚の道標の方面にスタートした。玉置山頂公園の石楠花が見送ってくれる。一昨年より若干開花が遅いのか、まだ満開にはなってない。

06:23 花折塚に到着、古道とアスファルトの林道が何度も交錯しながらの長い降り坂の道で、雨に濡れた森の緑がガスの白さに映えて美しい。

06:51 花折塚を過ぎて直ぐに交錯する未舗装の林道で道標を見失い、200m程の林道を3往復した。「道迷いは原点に帰れ」を守り、花折塚から林道に出た右側5mの所にブッシュに隠れた道標を見つけた。彼は林道200m地点からの伐採作業道らしき道を選択して下ってしまったが大丈夫だろうか、間違っていたら引き返すと言っていたので心配するのは止めよう。

07:09 左足の親指の辺りが異常に痛い、降りの連続で足指が靴の先端に押し付けられたままになっている。靴紐を強めに締めて見た。今回の縦走は足に痛みを感じた時、かなりマメに靴紐を調整しているのが功をそうして、足にマメができるとか皮が剥けるとかのトラブルはまだ無い。この雨にも関わらず、奥駈道逆峰縦走のパーティー3組に会った、ゴールデンウィークの最終段階に入り彼らも天候の回復を待つわけには行かないのだろう。

07:35 あれから更に2つの奥駈道逆峰縦走のパーティーにあった。彼らからの情報で今日の昼位に突風を伴う豪雨の予報が出ているとの事だ、少し心配が増す。

07:47 岩の口に到着、ここから右に分岐すると上葛川の集落に降ることができる。前回は水の補給にわざわざ上葛川に降ったが、今回玉置山以降は水の有る非難小屋泊りを前提に行程を立てたのでそんな必要が無い。貝吹金剛への道を採る。

08:49 凄い急登だった、丸太を組んだ急斜面でほとほと疲れた。甘納豆を食べ少し休憩して体力は回復した。

10:27 香精山1121mに到着、体中びしょびしょに濡れているのでカロリーメートを食べているとぞくぞくした寒気を感じる。1本のみだが可愛いツツジが雨に濡れて咲いている。

11:53 地蔵岳山頂に到着、非常に危険な場所だ。奥駆道の中で最も危険な場所だと思う。特に今日は風雨の中、全てが濡れて滑り易い状態になっている。下りはもっと危険かもしれない、慎重に降ろう。

 
半分散ったアケボノツツジ 

12:44 葛川辻に到着、一昨年ここで沢に水補給に入って迷い、沢を2時間余りさまよった。この時ザックを辻にデポし、Tシャツ一枚の姿であったため寒さと迫り来る時間に恐怖を感じて、もしかしてここで死ぬかもと真剣に感じた。それからは万が一のために、山行時は目印を付けるためのテープを持ち歩く事にしている。この辺りアケボノツツジ(赤ヤシオツツジかも)は花期が過ぎたのかそれとも今日の強い風雨のためか、半分以上の花弁が散って地面をピンクに染めている。大峯山系北のアケボノツツジはまだ1~2週間先が開花期だと思うが、南に位置して標高が1000m位では開花も早いのだろう。雨風が強く、少し止まると非常に寒い。

13:28 笠捨山1352mに到着、10代の女の子と親父さんの二人ずれが歩いている。何処に泊るのか尋ねると適当な場所でテントを張るとの事だが、この雨の中でのキャンピングは大変だろう。笠捨山はかなりの急登で疲れはあるが、早く行仙小屋に着きたいので休憩無しにこのまま向かう。

14:19 20人以上の女性パーティーが通過した、彼女らは上葛川に降って民宿に泊るようだ。この辺りでも三つ葉ツツジ・赤ヤシオツツジの花の7部位の花弁が散っている。北側の山も今年は早いのだろうか。

14:30 行仙小屋に到着。花折塚で道迷いした彼(杉田さん)が小屋に先着している。小さな道から林道に出合い、通りがかった車に乗せてもらい葛川から登り返して来たとの事。普通の人なら林道に出た所で奥駈道の縦走は断念するだろうに、このへんが普通の人とは違うなと思う。水無しで汗も出ないと言いながら玉置山に向かうペースは自分よりも遥かに速く、しかも靴は登山靴では無くスニーカーだ。全く恐れいる。今日は新宮山彦グループが岡山から16人をこの小屋に招待したとの事で、沢山の人が小屋に泊るようだ。他にも福井からの単独逆峰の人・神奈川からの夫婦と兵庫の杉田さんと私と山彦グループの7~8人とにぎやかだ。小屋では囲炉裏に火が入り、ずぶ濡れの体が生き返る思いだ。山彦グループの方から缶ビールやツマミ・山菜のてんぷらまで振舞われ、囲炉裏を囲んで話も弾み楽しい時間を持てた。人の通れなかった南奥駈道が、山彦グループの奉仕活動のおかげで通れる道になり、更にこの活動が世界遺産への登録の原動力になった事は彼らにとっても誇りうる事だろう。深山の宿で断食の行の途中で亡くなった行者さんの話も聞いた。断食40数日目に釈迦ヶ岳に登った話には感動した。その行者さんの物凄い気迫が感じられる。衰弱した体力で気力だけで良く登れたものだと、行(ぎょう)に入った人間の底力と信仰からくる力の大きさをまざまざと見せ付けられる思いだ。60日の断食の行に届かず旅立たれた行者さんの冥福を祈り、物事に生死を掛けて取り組む姿勢を見習いたいものだと思う。行者さんの釈迦ヶ岳登攀に随行し、行の間水などの世話をし、南奥駈道を見守る新宮山彦グループの皆さんに感謝。

5月5日水曜日 6日目

06:10 行仙小屋を出発、目覚し時計を4時にセットしていたが、沢山の方が寝ているため、起きてゴソゴソするのが気に引けて5時まで起床を伸ばした。今日も朝から山彦グループの方にコーヒーを入れて貰ったり、ミカンを貰ったりとお世話になった。天気は回復したし良い旅が期待できそうだ。

06:38 行仙岳に到着、最近寝ている時に両肩、特に右肩と腕の痛みとシビレがひどくなり何度も寝返りを打ち睡眠が浅い。縦走に入ってこの事が顕著に現れるようになった。しかし歩く事に慣れて来たのか、朝起きた時に疲れが残っている事は殆ど無い。

08:21 倶利加羅岳1252mに到着、近鉄六田駅近くの吉野川、美吉野橋の“柳の渡し”からの奥駈道完全走破を目指した人に会った。最終目的地を吉野金峯神社にするのは、せっかくの奥駈道縦走が半駈になってしまうと、強く“柳の渡し”迄歩く事を勧められた。今回最終日の行程は余裕を持たせてあるので、体調によってはチャレンジしてみようと思う。

09:14 平治の宿到着、比較的綺麗なトイレがある。今回長期の山旅の中でノグソは一回だけしかない、うまくタイミングをトイレのある場所で向かえている。山を汚さないために、こんなタイミングのコントロールは是非必要だろう。

10:16 治経千年檜不動尊の真新しい小さな御堂が建ち、中の不動尊像もぴかぴかに光っている。御堂の後ろには樹齢千年の檜にしめ縄が巻かれ、日本人の信仰の原点が表れているようだ。大きな木や山・岩・川、何にでも神が宿り信仰の対象にする、権威を大切にし、争いを避け千数百年の天皇制の文化を守りきった日本人の賢さがここに表れているような気がする。大峯巨木と名づけられた胴回り7m程の水楢の木もあった。この辺りの木には木の種類を表す名札が付けられており、興味のある人には参考になるだろう。

10:38 治経の宿に到着、まもなく昭文社の地図“大峯山脈”の裏側を南から北まで走破する事になる。地図を眺めると凄い事をやったようにも思えるが、内実はただ淡々と歩いているのみで、何か得られるのではとの初期の甘い期待が実現されそうには無い。あの断食の行で亡くなった行者さんのように、生死を掛けた行でもしなければ何かを得る事はできないのだろう。

11:14 阿須迦利岳1251mに到着、長い登りで少し疲れをかんじる。

11:52 証誠無漏岳1301mに到着、大峯山系北側に段々近付いている。大休止をしよう。

12:11 行仙小屋で貰ったミカンと合いも変わらずカロリーメートで昼食を済ました。カロリーメートでは腹の足しにならないのではと思って沢山のお菓子を持参したが、結構腹持ちが良くお菓子にはあまり手を付けていない。もう北側の色付の地図上に出る。出発だ。

12:42 涅槃岳1375mに到着、遠くの山はガスをかぶっている。前方の山に遮られる位置の釈迦ヶ岳はなかなか見えてこない。

13:28 滝川の辻では前方の山が右に振られて釈迦ヶ岳が見えるようになった。この地点より500m以上高いのに余り高度感は無い。この位置から見る釈迦ヶ岳の形は馴染みが無いので、地図でしっかり位置を確認しなければ判別がつかない。釈迦ヶ岳の左奥にはガスを被った八経ヶ岳も見えている。明日越える八経ヶ岳はまだまだ道のりは遠い。

14:28 地蔵岳1464mに到着、ここからは釈迦は見えない。先程一昨年の逆峰で出合い、少し話をした泉北ニュータウンの佐藤さんに出会った。彼は私の名前こそ覚えていなかったが、私の会社の名前を覚えていてくれた。それに引き換え私は彼の顔は覚えているものの、彼に言われなければ一昨年に奥駈道で出会った事さえ記憶に残っていなかった。奇遇の再開で話が弾み、彼が奥駈道を歩くだけでなく仏教・修験道の勉強もしている事も知った。大峯山系の山を愛しカメラを担いで歩き回る自分もそういう行動の必要性を少し感じている。

 
満開のミツバツツジ 

15:15 ここは奥森岳、深山の宿迄2時間の標識がある。遠くの山は雲海の上に頂を覗かせている、釈迦の山頂は雲の中だ。動きを止めると寒さがこたえる。バイケイソウの群落が見える、30~40cmに迄成長している。一昨年・去年と大峯のバイケイソウを観察して一つの物語を作った。この野菜畑のようにも見える大群落がなぜ動物達に食べられないのかを考えた時に思いついたドラマだ。彼らの体は毒を持ち、食べるなら食べてみろとこれ見よがしに美味しそうな野菜の体裁を繕っている。しかし葉が30~40cmに迄成長した時突然に葉の先端から腐り始め、あっという間に葉も茎も朽ちてしまう、動物から身を守るための毒で自分自身を痛めつけて死んで行く。これは種を守るための彼らの共同戦線だ。生き残り花を咲かせる一割程度のバイケイソウはあらかじめ毒を持たないか希薄な毒を持つよう遺伝子が操作され、夏に白い小さな花をつけ独特の強い匂いを発して昆虫を呼び種の繁栄に勤める。このドラマが現実に符号しているかどうかは別にして、体を張って自分の種を守る姿を考えると、醜い人間社会の中で少しでも清らかな生活を心がけよと教えられているような気がする。

15:25 この辺りの三つ葉ツツジは今が満開で花弁はまだ散っていない、来週はもう散っているだろう。

15:39 天狗山1536m到着、此処までくると釈迦ヶ岳の形もはっきりと認識でき、鋭く尖った大日岳も見えている。

15:59 石楠花岳ピークに到着、石楠花の花芽を探したが殆ど見つける事ができない、今年も大峯北側の石楠花の花は非常に少ない年のようだ。

16:38 太古の辻に到着、三つ葉ツツジが満開な以外には石楠花もアケボノツツジもシロヤシオツツジも花は全く咲いていない。カメラを抱えて動き回るのは再来週辺りで良さそうだ。満開の三つ葉ツツジをデジカメで撮ってみた。

17:30 深山の宿に到着、お坊さんと修行を積み重ねた修験者の風貌を持った二人が御堂の前でお参りをしている。と思ったが、良く間違われるんですよ、僕は指圧士ですとお坊さんと思った人は話した。彼らはこれから前鬼に下るという。杉田さんはかなり早く到着し水の補給をしている。小屋のドアーが壊れたままなので今日は御堂で泊らせてもらう事にした。仏様に足を向けなければかんべんしてもらえるだろう。最近は御堂の中にアイゼンで上がり込む不届きな者もいると山彦グループの人が嘆いていた。神聖な山にマナーの守れない者には入って欲しくないものだ。

 
釈迦ヶ岳山頂からの雲海 
 
パンダ似た七面山 
 
 行者環小屋からの赤い夕陽

5月6日木曜日 7日目

05:34 深山の宿を出発、ゴールデンウィークも終わり最早奥駈道を歩く人はいなくなったのか、昨日は杉田さんと二人だけの泊りとなった。私にとっては残り1/3の行程になり単発的には何回も登った山ばかりだが、何時もの点を線に繋いで行く行程だ。

06:23 釈迦ヶ岳1799mに到着、今日は快晴だ釈迦像は朝の平行光線を受けて金色に輝いている。低い山は雲海に沈み雄大な眺めだ。写真を撮った。

06:47 釈迦ヶ岳を下り始めるとたちまち大汗をかいた。朝方の寒さで防寒用に付けたカッパを脱ごう。

09:29 楊子ヶ宿に到着して暫く休憩をしている。七面山の大岩壁が見えている。この位置からは岩壁は凄く切り立った角度でそびえている。

10:08 船のタワ通過、先程から明星ヶ岳・八経ヶ岳・弥山が見えているがまだまだ遠い。

11:02 ここは禅師の森辺りか、七面山の面白い形が見えている。パンダの顔のように見える、顔の両側には程好い所に大きな耳を付けている。七面山とはよくも名を付けたものだ、山を見る角度によって様々な形に変化する。パンダの写真を撮ってみた。日差しは強いが1400m程の高地ではじっとしているとさすがに寒い。

13:00 八経ヶ岳に30分程前に到着し、姫路からの8人パーティーと長いお喋りをしてしまった。この辺りの景色ならどの山がどれでと説明ができる。彼らは、今日はトンネル西口から車で洞川温泉の旅館に向かうとの事。

13:16 弥山小屋に到着。小屋でジュースでも飲もうと思ったが、誰一人いない寂しい広場になっている。連休中は登山者で賑わっただろうに。

14:38 トンネル西口出合に到着、聖宝の宿からは降りのイメージでいたが、重いザックを背負っていると道の起伏が良く解る。結構登りのある区間で疲れた。

16:37 行者環小屋に到着、杉田さんは既に1時間前に到着して濡れた装備を乾燥していた、私も4日の雨で濡れ、蒸れて臭くなった靴下を水場で洗い乾燥する事にした。

18:34 食事を終えて外に出ると、輝きを失い真っ赤に染まった太陽が今にも沈もうとしている。平地ではこんな赤色の太陽を見る事はまず無いだろう。

22:53 体中日焼けしたのか彼方此方が痒くて眠れない。外にでると雲一つない星空に満月が輝いている。山で見る星空は澄み切った空気の中で何とも強烈に輝いて見える、微かに見える木のシルエットは幻想的に風に揺れている。向こうの茂みでキュンと鹿の鳴き声がした。こんな夜にまた眠れるのだろうか。

5月7日金曜日 8日目

05:21 東に真っ赤な太陽、西に白い満月、なんとも対照的な天体ショーに見送られて行者環小屋を出発した。既にこの時間は太陽がギラギラと輝き、月の存在が薄れている。今日も快晴で空には一片の雲も無い、だが風が強く寒いので防寒にカッパを着ての出発だ。

06:40 七曜岳1584mに到着、逆光を受けた大普賢岳はシルエットで黒く高く浮き上がり、登れるものなら登ってみろと威圧しているようにさえ見える。弥山・八経ヶ岳方面は緑が美しく朝の光に浮き上がって近くにみえ、なんとも優しい表情にみえる。

07:09 国見岳1655mに到着、合いも変わらず大普賢岳はシルエットの威厳を崩さず右側に3つの山々、左側に1つの山を従え益々高飛車に構えている。

08:33 大普賢岳1779mに到着、大普賢岳に近付くと、ただの山に変身して私を受け入れてくれる。左の巻き道で山頂をパスしてしまい、威厳を保って迎えてくれた大普賢岳に申し訳なく、山頂迄登り返した。今日は雲一つ無い良い天気だが、日が昇るにつれて周りの山は白っぽい霞に覆われたように色を無くしてきた。

09:47 阿弥陀が森、女人結界門に到着、静かだ、小鳥の鳴き声以外はなにも聞こえない。

10:27 小笹の宿に到着、今日は音高く水が流れている。4日の雨で森は潤っているのだろう。

11:40 山上ヶ岳を超えて鷹ノ巣に到着した、地平線上の山は皆白く色を失い、目の覚めるような新緑の色を見せてはくれない。鷹ノ巣のブナは芽が赤くはなっているが、弾けるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

13:44 五番関女人結界門に到着、連休も終わり殆どハイカーにも会わない。

15:30 百丁茶屋の小屋に到着、杉田さんは一時間前に到着したとの事、自分自身のローペースが良く解った。途中の沢で水の補給を済ましたため、今日は改めての水汲みは必要がない。

17:18 食事を終えてやる事も無く外に出て見たが、寝る事しか残されていないようだ。今日は地図の参考タイムが、あまり参考にならない時もある事をつくづく感じた。明日はいよいよこの大縦走計画も最終日になる。深く何かを考えながら歩くかと思いきや、歩く時は殆ど何も考えずただ目先のステップを如何に置いていかに楽に歩けるかだけを考えているのみで、こんな事で悟りなど得られるはずがない事が良く解った。修験の行が歩く事から籠もる事、断食へとエスカレートしていく経過も良く理解できる。

 
四寸岩山の幻想的な筋雲と月 

5月8日土曜日 9日目最終日

05:12 百丁茶屋の小屋を出発した、今日も快晴だ風も無く寒さを感じないので、今日は最初からTシャツでの出発だ。本日小屋で荷物をまとめる時、スタッフバッグにいれた着替え一式を行仙小屋に忘れて来たのに気づいた。吉野から電車に乗る時この汗臭さでは周りに迷惑を掛けてしまう。気が重い。

05:58 足摺の宿に到着、小屋には男性と女性の行者像が祭っている。床は無く狭いので少人数だと小屋内にテントを張った方が寝やすいだろう。

06:14 四寸岩山に到着、大天井ヶ岳から山上ヶ岳・稲村ヶ岳・弥山と大方の山が綺麗に見えている。一筋の筋雲が東西に走り、その上に白い満月が載る幻想的な景色だ。写真に撮ってみた。

06:57 一昨年最初に道迷いした場所に出てきた。この場所は、今年は道標が解り易く整備されている。吉野山は至る所に小さな分岐があり、うかうかしているととんでもない場所に連れて行かれそうだ。本日も二重巻きのテープを3本の木に巻いた誘導路があり、私の嫌いなトラバースの急降下であり、もし間違えたら登り返すのに苦労すると思うと素直に従えず、誘導路に入らなかった事が功をそうした形だ。

07:04 スーパー林道に出てきた、50m先を杉田さんが歩いている。自分が追いつくという事は彼が道を迷ったのかも知れない。

07:48 金峯神社に到着、無事到着の感謝のお参りをした。

08:51 蔵王堂に到着、この時間になると既に観光客は動き出しているが、蔵王堂には人はまだいない。

09:39 吉野神宮でお参りを済ませた。吉野川の柳の渡し迄は私の地図に記載が無いので少し心配だが、何とかなるだろう。時間もたっぷりある事だし、ゆっくりとラストウォークを楽しもう。

10:33 美吉野橋の下に到着、美吉野橋の袂に役行者像が祭られ、柳の渡しの縁起が書かれている。私は大峯山系に引かれ、奥駈道に引かれながら、柳の渡しの事を知らなかった事に今更ながらの自分の中途半端な知識に腹が立った。

11:16 吉野川で裸になり頭・顔と体を洗い、身を清めた。Tシャツも洗い臭かった体も何とか電車に乗る事は許されるだろう。いつもの事だが大きな縦走を成し遂げたからといって、深い感慨は無い。当初の悟りに近い何かを得たいとの淡い希望は、断食行の果てに逝った行者の話を聞いた時脆くも崩れた、ただ歩くだけで悟れるなら誰でも役行者に一歩近づける。悟りのためにあのような厳しい行をやろうとは思わないが、今回の縦走で一つだけ得たものがある。最近の体力の低下を自覚して、それを増幅して物事を考え、全てに後ろ向きな考え方になっていたのが間違いであった事に気づいた。9日間200km近くの山道を難なく歩き通すこの体が・体力が、低下しているなどあろうはずが無い事に。両肩の痛みも腕の痛みも足の膝の痛みも歩く事に関して殆ど障害にはならなかった。こんなものは一過性のもので時間の経過が忘れさせてくれるに違いない。そう思う前向きの姿勢をこの縦走は私に教えてくれた。何事にも前向きに考えて前向きに行動する事を。

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