弥山川遡行

03/09/26

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823日の神童子谷から山上辻迄の沢歩きは沢を詰める楽しさを味わったが、914日の池郷川源流部の沢歩きでは、アプローチの道の厳しさとそれに対する不安な気持ち、高巻き時に少し恐怖を感じた事等で安易な考えでの沢歩きにおおいに反省させられた。地図読みと未熟な沢での技術を何とかしたい。これが今回の弥山川遡行のテーマである。従って写真を撮る事より訓練山行と自分の中で位置づけた。

準備として「道迷い遭難を防ぐ最新読図術」という山と渓谷社発行の本を概略読み、インターネットで見つけた登山のテクニックも読んだ。さらに荷物の軽量化と安全を確保するために沢用の用品もそろえた。(沢用ザック50L・ザイル30m+20m・カラビナ・スリング・ネオプレーン製スパッツ・沢用手袋・ゴアのシェラフカバー・高度計・35mmカメラ)

926日金曜日

19時に自宅を出発して22時に309号線熊渡りの橋に到着。(655m) 空は満天の星で明日の天気の良さを窺わせる。車中でシェラフカバーのみで就寝に入るが寒くてなかなか寝付けない。山シャツの上にフリースのチョッキを着込んだが冷えた体はこれだけでは収まらず、結局シェラフも取り出すはめになった。夜中に数台の車が奥に入って行ったようだが、自分と同様早立ちするのであろう。

927日土曜日

熟睡できずウツラウツラしている間に5時のアラーム音を聞く。快晴だ、何と清清しい朝だ、夜中に感じた寒さが今はない。夜中に入ったのだろう、橋の向こうに車が1台駐車して二人が山行の準備をしているようだ。

 
白川八丁(水は河原の地下を流れている) 

610分熊渡りを出発した。先ほどの車の青年が今から出発して今日中に狼平につけるだろうかと問いかけてきた。行けると思うがもし着かないようなら川原小屋で泊っても良いのではとアドバイスした。熊渡りの林道は昨年よりかなり荒れている。道の真ん中が水で洗い流されたのか1m近くもえぐられた所があり、また崖の崩落で道の半分近くが埋まった部分もある。車での通行は無理のようだ。白川八丁への分岐点(825m)を左にとって下ると、小さな石がごろごろとした広い川原の白川八丁に到着する。

645分着(795m)この辺りは伏流水となっていて水は地下に流れ込み川面には水は全く流れていない。

少し写真を撮った後、山シャツを脱ぎTシャツになって75分に出発する。50~60mも歩くと川面に小さな水流が現れ、歩く毎に水量が増えていく。この辺りで水は地下に潜るのであろう。20~30cm程度のごろごろした石が段々大きくなってくるのを感じるころになると、一つ目のダムに遭遇する。岩に赤ペンキで大きな矢印が書かれているので右岸の登山道に上る。登山道でダムを巻くと直ぐに崩落で登山道は消えてしまっている。再び川原に降りると2つ目のダムが待っている。直近の小さな滝を登って巻こうとしたが、手がかりが無く岩も滑り途中で断念して引き返し安全な登り口を探した。これより主に登山道を歩くが沢歩きの醍醐味も充分味わえる。

 
一の滝 
 
双門の滝 
 
 故人を偲ぶ碑

  9時、一の滝到着。(970m) 2段のかなり高い滝だ。写真を撮るには足場が悪く、まずザックを木にホールドした。というのも神童子谷でスリングに繋いだザックを2mの下に降ろして手を離した時、ザックが転がって危うく淵に落としそうになった経験があり、それを恐れた。滝の写真を撮る時は何時も考える事だが、上下に伸びきった滝を如何に処理すればその滝の迫力を損なわずにフィルムに納められるのか、いまだ回答がでずに適当に上または下をカットしながら撮っているだけで進歩が無い。

9時20分、一の滝を発つと数十個の鉄梯子が架けられた断崖を登り一気に高度が上がる。途中の二の滝・三の滝は鉄梯子を登りながら垣間見る事ができるだけだ。少し高所恐怖症ぎみの自分は梯子から下を見ると、あまりの高さに体がゾクッとする。鉄梯子が切れると今度は木の根っ子を手がかり足がかりにしての崖のよじ登りにかわる。

1040分、双門の滝着。(1280m) 1時間と20分で300m程高度を上げた事になる。梯子段の登りで日頃使わない筋肉を使う為か足のふくらはぎが張ってきたようだ。この滝は名瀑100選に選出されただけに大峯山系では最も壮大な滝かも知れない。「仙人嵓前のテラス」と名づけられた滝見の台があり、この台場はどうも木の根っ子が張り出した物のようであり、歩くと少しふわつく。下を見ると100m以上の垂直に切り立った断崖である。縦に伸びきった滝の写真はやはり難しい、上下をカットすれば滝の壮大さは表現できないし、短いレンズで全体を収めれば廻りの風景に滝が埋没しそうだ。11時15分、双門の滝出発。

11時27分 1365m地点、故人を偲ぶ石碑が深い谷の向こうの頂仙岳を望んでひっそりと佇んでいる。 「弥山の山を愛し、弥山の山に帰る、平成六年四月十七日、東浦明美ここに永眠する、山と貴女を愛する友より」 妻を病気で亡くした自分にとって、愛する人を亡くした深い悲しみは良く解る。思わず涙が込み上げてくるのをこらえた。どうしてこんな場所で死ななければならなかったのか、何が起こったのだ! 死んだ人には解るまい、この悲しみを一生涯背負って歩いている者の辛さを。  11時40分この石碑とお別れをした。

双門の滝を出ると1450m迄あいも変わらず鉄梯子を登り続ける。梯子は錆きってボロボロになっている部分もあり、衝撃を与えないようソロソロと登るが一瞬溶接面が外れて20cm程足を踏み外す場面もあった。3点支持で登っていなければ非常にヤバイ局面であった。この高度から一気に100m以上を降り川原に出ると又登る事を3回ほど繰り返す。これは三鈷滝や他の小さな滝を高巻いているようだが、滝の様子はほとんど見る事は出来ない。3度目に川原に出てそのまま200m程遡ると川原小屋に到着する。13時着。(1400m) 朝方は晴れていた空は黒い雲がかかり、谷底から見上げる狭い空間には全く青空は無い。Tシャツのまま食事をしているととても寒い。13時30分川原小屋出発。

  何度も川の右岸/左岸を繰り返して渡りながらの遡行で、14時30分に桶の谷出合着。(1500m) 桶の谷出合いからは聖門滝を巻くために、鎖梯子や岩に水平に打たれた鉄くいの上を歩く等忍者屋敷にでも飛び込んだような行程で、童心に返って登りを楽しんだ。15時25分、狼平着(1570m)

狼平の非難小屋では河合から登って来た神戸の高校生二人と先生一人のパーティーと同宿となった。高校生は殆ど喋らない、先生は私が沢登りの格好をしているので沢についての2・3の質問をしてきたが、話はあまり盛り上がらなかった。今日は荷物を軽減するために銀マットのみで空気マットを持参しなかった、シェラフとシェラフカバーだけの夜の狼平はとても寒く感じる。セセラギの音が、誰かが唱えるお経の声に聞こえてなかなか寝付けない。悲しみを分かち合ったあの谷間の霊が着いてきたのか。外に出ると夕方の曇り空と打って変わって満天の星空だ。

928日 日曜日 晴れ

5時起床。大した事もしていないのに準備に手間どり、狼平からの出発は6時30分になってしまった。合いも変わらない動作の鈍い自分自身に腹立たしい。比較的穏やかな川を遡るが狼平迄有ったテープは全く姿を消した。弥山川を詰める人は少ないのだろう。情報は無いし、テープも無いとかなりの不安を覚えるが、沢自身はそんなに厳しいとは思えない、何とかなるだろう。6時53分、池ノ谷、八剣谷分岐着。7時出発。この二俣を左に折れて、いよいよ弥山川源頭を目指して出発だ。川幅は急激に狭くなり、傾斜も幾分増したようだ。ここで浮石に乗り、体は何とか手で支えたが落ちてきた岩が右足の向う脛に思いっきり当たり激痛が走る。おもわず唸ってしまう。ネオプレーン製のスパッツを着けていたので、少しは衝撃を緩和できたのかも知れないが、それにしても痛い。さほど危険な場所では無いとの気の緩みがつまらないトラブルを起こしたのかもしれない。

7時55分、弥山川源頭に到着。(1750mm)ここは弥山から八経ヶ岳に奥駆道を通過する時しばしば水を汲みに来る場所であり、水汲みの時には自分がこの川の下からこの場所に登ってくるなどとは夢にも思わなかったが、こんな事も有るのだと楽しくなってくる。8時15分発。

  8時32分、八経ヶ岳着。(1885m) 高度計の高度と実際の山の高度に30mの誤差がある。高度計はかなりの精度を持っており信頼の置ける物だという事を実感した。沢を詰めてピーク迄の登頂は今回が初めてだ。少しづつ深みにはまり、その果てにあの世に旅立つ事のないよう自分自身を戒め、楽しい山行が続けられる事を祈ろう。
  山頂では色々な人に出会わす。「みやまという山は何処にあるの」には思わず笑いそうになる。弥山小屋から八経ヶ岳に登った人の言葉とは思えない。丁寧に教えてあげた。その人は写真を撮るのに私に移動してほしいと言うので快く移動すると、山頂からの風景が目的ではなく山頂の「八経ヶ岳1914m」の標識と自身の写ったスナップを撮るだけのためらしい。更に弥山にもこんな標識があるかと訊ねてくる。山に登った証が欲しいだけの人のようだ。
  川原小屋には何度も足をのばし、熊渡り林道から河合からの登山道に出て、登山道から15分で川原小屋に着ける最短道があるという人に、地図を示して熊渡り林道への分岐点を聞いてみたが、私の思っている一つ南の尾根道ではないかという。また少し道迷いに対する不安が増してくる。熊渡り林道にでる脇道は地形図にも昭文社の地図にも載っていない。前回志高の例会で来た時は
さんの鋭い読図で分岐点を見つけたが、今回は志高の中で最も読図が出来ずそして方向感覚の無い者がしかも単独で歩こうと言うのである。

 
弥山川源頭 

9時30分、八経ヶ岳出発。1時間程休憩をし、又降りのせいか体がすごく軽い、弥山迄は飛ぶように早く歩く事が出来た。弥山からは1/25000の地形図とコンパスを手に持ち、自分の現在地を常に把握しながら歩く。1020分狼平着。

1030分、狼平出発。頂仙岳や小さなピークを地図と照らし合わせながら歩くと結構現在地把握は出来るものだという事が解った。今までの山行はテープの目印ばかりをあてにして、あまりにも地図を見る事が少なかった、大いなる反省点である。地形図上からそろそろ熊渡り林道へ脇道の分岐点に到着する頃だろうとの予測がぴたりと的中。1130分着(1420m) 今回も道標は無いが青いテープを二重巻きにして、一番の難所を道らしきものを確認できる所までしっかり案内してくれる。テープを巻いてくれた人にお礼をいいたい。これで道迷いの不安は吹き飛んだ。私の予測通りこの道は弥山川直近の急峻な尾根に続く事がはっきりとした。後は沢靴のフェルトの芽を山土で潰し、全くグリップの効かなくなった靴をいかにコントロールして滑らないよう気を付けるかが残っているだけだ。

1255分、熊渡林道終点着(860m) やれやれの思いで昼食を取り熊渡橋の車に1350分に到着した。初期の目的を十分に達してこの山行を終えた。

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