弥山より奇跡の生還

03/03/08

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  去年の10月からの山行で目的地に到達できず途中リタイヤの経験が3度ある。去年10月の劒岳は前劒で断念、先月には屋久島宮之浦岳の3km手前と、稲村ヶ岳の稲村小屋直前と立てつづけに2回。

  何か心に吹ききれないものが貯まっている。原因を考えて見ると、①常に誰かに連れられていて、自分自身の中に甘えに似たものが芽生えているのではないか、それが体力の限界を感じさせる要因になっているかもしれない。自分の体力はこんなものでは無いはずだ、奥駈道を縦走したり、北アルプスを蝶ヶ岳、常念岳、大天井ヶ岳、槍ケ岳、穂高岳と25kgのザックを担いで縦走したのは誰だ。②現地の状況把握が出来てなく、従ってそれに対応した準備ができていない。これも人任せの計画で自分で事前調査をやらない自分自身の問題だ。

  こんな反省を胸に次は単独山行で準備を万端に整え、断念という二文字を消し去ろうと強い決意を立てていた。こんな時、北アルプス遠見尾根撮影山行の3/21が迫り、自分の装備(足元)の余りの貧弱さに、重登山靴と縦走用12本爪アイゼンを新調した。この登山靴の足慣らしとアイゼンの使用感を試すために弥山単独山行を決めた。

3月7日 金曜日

  会社は今日臨時休業日で休みだ、昨夜は午前1時過ぎまで仕事をし、帰宅したのは2時半をまわっていた。正午頃に起きて新聞の天気予報を見ると、今日は雨だが土曜日/日曜日は晴れと曇のマークがついている。これはチャンスと雨上がりの夕方から弥山に向かう事にした。本日は今までの反省からアイゼン・ダブルストック・ピッケル・ワカン・テント・スノーフライと重装備で、カメラレンズだけは55mm-100mmのズーム1本に絞り、三脚も1本で重量を減らしたがトータル23kgを超えた。

  川合からの309号線の夜のドライブの楽しみは、可愛い動物達に遭える事だ。今日の収穫は少なかったが、それでも車のライトに両目を金色に光らせるイタチに似た小動物、慌てて土手に逃げ込む狸、悠然と道脇で車をかわす鹿と3匹に遭えた。鹿にいたっては恐れをしらず車から2mの所でじっと此方を眺めている。此方もまけじと車を止めてにらめっこをしてしまった。

  去年の今頃は落石防止ネットから大きなツララが沢山ぶら下がっていたこの道だが、今年は何故か殆ど見当たらない。もしかしたら弥山山頂にも雪はあまり無いのかもしれないと思いながら、大川口のゲートに到着した。ゲートの付近には雪の痕跡は無いが、かなり強い風が吹いている。明日近畿の中部は冬型の気候で天気としてはまあまあの予報を車のラジオで聞いたが、大峯山系の気候は近畿の北部の予報を参考にした方が良いと志高の誰かに聞いた事がある。晴れ又は曇の天候を願って寝袋にもぐり込んだ。

3月8日 土曜日

  4時半起床、小雪が強い風に舞っている。辺り一面薄らと雪化粧が施されている。この位の天気なら登頂に何の差し支えもないと、6時にまだ暗いなかキャップランプを点けてトンネル西口に向かって出発した。ゲートの側に昨夜は無かった車1台が駐車している。人が乗っているかは確認出来なかったが同じ弥山行きだったら良いのにと微かに思った。

  309号線の遮断道は高度を上げるとスケートリンクの氷の様にツルツルに氷の張った場所が見られるようになる。粉雪が強風にあおられ白い虫の大群が一斉に駈け抜けるように道を這う。これがUターンの崖に当ると旋風となって雪が舞い上がる。風当たりの強い場所では足を踏ん張らないと体が風に流されてしまいそうだ。馴染みのない新しい靴は底が固く、何かギコチナイ足の運びになる。去年の今頃は大量に有った落石が今年は少ない。沢にぶら下がるツララの量も大きさも去年に比べて大幅に少なくて小さい。違う、何か違う、山の雰囲気も自分の感性も、いつもの山行と何か違うそんな思いでトンネル西口に到着した。時間はゲートから1時間20分で去年より10分オーバーしている。トンネル前の広場は猛吹雪で、トンネルもシャッターが閉じられ休憩する場所さえ確保出来ない。

  登山道に入るとさすがに高度が高いのか、かなりの積雪だが殆どアイスバーンの状態で足跡が残らない。早速新調のアイゼンを着ける。奥駈道出会い迄は尾根道の高い所を歩けば道を外す心配は無い。昨年は登る時、標識のテープとトレースの場所が違い面食らったが、いざ自分が下山する時にはテープの位置などにとらわれず、雪で覆われた所は全て道と同じで、短絡的に近い場所を探しながら降りたのを思い出した。

  奥駈道出会いからの道の積雪は更に増えたが、靴が雪に沈む事はない、アイゼンの爪が氷の半分位しか入っていない感じだ。ラッセルの無い雪山は何と楽な旅だなどとのんびりと歩く。しかしトレースらしき跡は一切無い。聖宝の宿迄はトレースが無くとも、標識のテープが無くとも尾根道を歩けば良いので道迷いの心配は無いが、その後がこんな状態だと少し心配される。

  聖宝の宿の理源大師像は胸まで雪に埋まっている。何時もは見上げる大師を今日は見下ろす形で両手を合わせた。いよいよ胸突き八丁の登りになるが、1mを軽く越える積雪で登山道の判別は全く出来ない。テープを頼りにほぼ直登の形で急傾斜を登る、アイゼンは良く効くが急傾斜は体にこたえる。テープを見逃さないよう慎重にユックリと頂上を目指した。このテープさえ判別できれば明日の下山に道迷いする事は無いだろうと、少し不安を持ちながら弥山小屋に到着した。ゲートから7時間30分を要した。去年の同時期に比べて2時間30分位オーバーしている。

 
雪に埋まる弥山神社の鳥居 
 

  風当りが強い方角に面した小屋の壁は、屋根のすぐ下まで雪に覆われている。山頂神社の鳥居は歩いて股越える事が出来る程雪に埋まっている。避難小屋入口のドアーは表側への開き戸で、少し奥まっているので雪は60cm程ドアーを隠しているだけだ。ピッケルで除雪すれば小屋の中で楽なキャンプが楽しめるかも知れないと一瞬思うが、もし一晩で20cmでもドアーの下に雪が積もれば明日中からドアーを開ける事が出来なくなる、そう考えると避難小屋の使用は諦めざるを得ない。と言って外は相変わらず強い風が吹きつけ、特にキャンプ場辺りは谷からの強風にさらされて、とてもテントを張る状況ではない。ザックを下ろして暫く小屋の周りを散策すると、小屋裏のトオヒ林の中で風が遮断されている場所を発見した。少し傾斜のある場所ではあるが雪山での幕営に少しの傾斜は何の障害にもならない、ピッケルで簡単に整地してフラットにし、たちまち最適の幕営地に変身だ。

  テントを張り終えると既に午後3時を過ぎており、やっと昼食のラーメンにありつけた。雪山の利便性の一つに水を持ち上げる必要が無い事が上げられる。水の重量は結構重いのでこれは非常に助かる。去年の12月初旬に来た時はわざわざ八経ガ岳との鞍部に水汲みに行ったものだ。

  風と舞う粉雪に余り撮影の意欲は湧かないが、折角担ぎ上げた重い撮影機材を使わないわけにもいかず、10枚程シャッターを切っただけで撮影を切り上げた。明日の天候の回復を願って次のシャッターチャンスを待とう。

  スノーフライで覆ったテントは全く風が入らず、空気の断熱層を作るためほとんど寒さを感じない。しかしゴアテックスでないため炊事の蒸気は直ぐに氷滴となってテント内部にこびりつく。一通り山の用具は揃えたが次々に寿命を迎え、また更に良いものが欲しくなり際限が無い。今はゴアの3人用のテントがほしいなと思っている。過去10回程弥山に登って誰にも会わなかったのは今回が始めてだ。もっとも、このような天気に弥山に単独で登る自分がおかしいのかも知れない。この幕営地点の風は弱いが小雪はまだ続いているようだ、明日天候が回復して良い写真が撮れる事を願いながら寝袋にもぐり込む。

3月9日 日曜日

  冬型の天候は昨日よりも更に気温を下げているようだ。木々はビッシリと霧氷を付け10cm以上成長している。小屋の屋根が雪で地面と繋がった場所がある。一晩で10cm以上積もったと思われるが、風のために偏りが激しくアイスバーン剥き出しの所もあれば、4~50cmも新たに積雪した場所もある。帰りの行程が少し心配だ、道は迷わないだろうか、スリップはしないだろうか、こう考えると写真撮影をする気にもならず、食事を済ますと直ちにテントの撤収を始めた。

  風は昨日より弱まっているが、相変わらず小雪が舞いガスっていて視界は悪い。8時とんでもない状況に陥る事も知らず下山を開始した。テープが霧氷の付着で見えない事に直ぐに気がついた。視界が悪いうえにこれでは方向感覚の悪い自分は暗闇を歩くのとあまり変わらない状況だ。アイスバーンの急斜面には表層に雪が乗っている所も無い所も有るが、もちろん人の歩いたトレースなど全く無い。しかし降りるしかない。イメージに微かに残る目標を探しながら、東にトラバースする気持ちで歩くが目標物が現れない。必死にテープを探すが見つからない。どうも登山道よりも北寄りに歩いている様だとは薄々気がついていたが、傾斜がきつい為東にトラバースしているつもりが結構早いペースで北向きに下降しており、結果的に東に向かえていない。ちらりとガスが薄れて行者還岳の方向や奥駈道の尾根が見え、それがかなり上方の右手に見える事で気が付いた。

 
雪中の弥山神社 

  これから苦闘が始まる。東にトラバースぎみに登らなければ聖宝の宿には着けない、その思いで必死で登り始めるが、キツイ傾斜は一歩一歩キックして足場を掘り固めながらでないと登れない、何と疲れる作業だろう、あれだけ頑張ているのに登った高度は極僅かだ。あった、黄色いリボンが見える、これで道に戻れたのだ、しかし側に寄って良く見ると溶け出した木の樹液がツララとなり、リボンのように見えているだけだった。この時の落胆は大きい。

  何時間こんな作業を繰り返したのだろう、もうそろそろ聖宝の宿に着いても良い頃だと思い、下降を始めた一瞬に滑落した。あの木に足を掛けて何とか滑落を止めよう、その思いで伸ばした足の先端が僅かに木に触れ、それが災いして頭が谷側を向いてしまった。この時生きる事をあきらめてしまったようだ。目を瞑り滑り落ちながら、そろそろガツンと衝撃が走り死ぬんだな、恐怖心も無く冷静に自分の死期を待っている自分がそこにいた。もしかしたらこれが悟りを開いた時の心境かもしれない、生きる事に執着しなければ恐怖も苦悩も何もない。多分こんな事を考えていたのはほんの一瞬の事だったのだろう、体が減速しているのを感じた。助かるかも知れない、生への執着が始まるとたちまち心が動揺する。目を開けると自分の体で一緒に流された大量の雪が下流にたまって体が減速しているのが解った。足も手も体も全てをその雪に突っ込み、何とか滑落を止めた。上を眺めると20m程の滑落の跡が見える。良く助かった、ルートを外れたこんな場所で遭難すれば、届も出していない事だし永久に死体は見つからないかも知れないと思った。

  冷静さを取り戻そうと最近1/4程覚えた般若心経を唱えた。大峯の魅力に取り付かれた自分は大峯が修験道の道でもある事から、信仰心は無いが文化的な側面から宗教を眺めて見ようと思い般若心経の解説書を読んで見た。身近にあるのは葬式仏教だけで全く興味をもっていなかった仏教そしてお経が、実は凄く哲学的で奥の深い事が解かった。自分也の解釈だが今を幸せに生きるために必要な知恵が有り、それを教えるのが仏の教えすなはち仏教である。といいながら般若心経では最後にはそれを全面否定してしまう。色即是空、空即是色という部分だ。言っている事が解りそうで解らない、自分の教えまで空だと否定する教えに捕らえどころのない何かに引かれる思いがする。声を出してお経をあげた事で少し落ち着いた様に感じた。

  今度は慎重にと下山を再開するが5分もしない内に再びの滑落、この時は運良く正面に木が有りかなりの衝撃を足に感じたがうまく滑落を止める事が出来、再び命拾いをした。10m程の滑落ではあったが、この場所はアイスバーンで殆ど表層の雪は無く、もし木が無ければほんとに危うい局面だった。しかしながら頼みのダブルストックの片割れが折損し、防寒用に付けたカッパの足元がずたずたになり、右手指に少し痛みを感じる。もしかして今日は生きて帰れないのではと思うようになる。

  こんな所では死ねないと気を取り戻し、ピッケルとストックの両方を使用し、今度こそ慎重にと三度目の挑戦だ。少しづつアイゼンの使用方法が解りかけた時、三度目の滑落、この時は去年古田の森で名古屋のさんに教えて貰ったピッケルによる滑落の停止技が役立ち5mの滑落でまたまたの命拾いをした。

  3度の滑落で最早立って、歩いて下山する勇気と気力はなくなり、歩く事を放棄した。3度目の滑落で成功したピッケルを使ってのブレーキングで斜面を少しづつ滑り降りる事にした。この時はどこか平地があればそこでキャンプをしよう、まだ死にたくないという気持ちがあった。

  又も奇跡だ。瞬間に薄れたガスと吹雪が正面遥か下方に309号線の道路をちらりと見せてくれた。その時自分は309号線の大きく左にUターンする地点から山側に見えるガレ場の上にいるような気がした。何とか助かるそんな気持ちでピッケルでブレーキングしながら少しづつ滑って下降し、アイスバーンが少し溶けてアイゼンが効く雪渓に到着した。予想通り凄い斜度のガレ場で岩もごろごろとしている。これを切りぬけられれば生きて帰れる、勇気は100倍だが休憩なしに7時間近く悪戦苦闘している足が思う様に動かない、死にたくないの一身でバックによる下降を試みるとこれが中々うまく氷を捕まえ、オマケに急斜度による恐怖心も押さえられる一石二鳥のアイゼンワークで、死にたくない一心で次々に生まれたアイゼンワークにもっと速く気付いていたらと残念な思いもした。

  岩にアイゼンの爪がかかると足は捻じ曲げられ大きな負担を感じる。バックの体制で岩場に沿ったアイスバーンを選びながら慎重に下る。岩と氷のこの場所での滑落は確実に死を意味する、ピッケルとストックでの確実な3点支持で、一歩一歩確実に足を進めた(後ろに)。1時間以上この体制で下山した所で、かなり高度が下がったのか、アイスバーンは殆ど無くなり、涌き水が見られるようになるとアイゼンが邪魔になる。といって涌き水に濡れた岩の表面がツルツルに凍り、その上に薄らと雪が乗っている部分もあり、アイゼンを外すのも勇気がいる。ここで勇気を振り絞りアイゼンを外しピッケルもストックもザックに収納してしまった。今度は冬場の傾斜のキツイ沢歩きに挑戦だ。水場を避け、岩に張った氷に気を付け、足で滑らないかを確認して一歩を出し、その間手は他の岩を捕まえている、そんな慎重な下山で斜度が緩く、スリップに気を使わなくても良い所迄降りてきた。

  最後の難関は309号線出会いの人工滝だ、わずが4~5mの高さだが降りる場所は何処にも無く、くたくたに疲れた足も動き難くなっていて、ブッシュを高巻いての下降に30分を要してしまった。ゲートに止めた車に辿りついたのは9時間50分後の550分。そろそろ薄暗くなりかけていた。助かってホットしたのもつかの間、冬型の続く厳冬の中で二日半を過ごした愛車はエンジンがかからない、かなり長めの時間エンジンキーを回し、3度目の正直でも掛からない。こうなったら掛からなくて元々と、とりあえずバッテリーが無くなるまでエンジンキーを入れっぱなしにしようと30秒位回したころでやっとエンジンが掛かる。今日は何と全てがうまく行ったのだろうと、死にかかった危険を忘れたとぼけた感想しか出てこなかった。

 
道迷いコース図 

  生還できた原因を考えて見ると、何か考えられない力が作用して、何とか牛島を生きて返してやりたい、そのための心構えと、即席で技術を教えるために、数々の試練が手順を追って自分に果たされたような気がする。まず迷い道した事でアップダウンを繰り返してアイゼンワークの基礎を習得させ、むやみに動いては体力を消耗するだけで状況の改善にはならない事も教わった。最初の滑落では生きる事を諦めたら本当に死んでしまう事を、比較的表層に雪のある場所で安全を見守りながら教えてくれた。2回目の滑落は自分にピッケルを持たせるために、木にぶつけてストックを折らせ、3回目の滑落ではそのピッケルで滑落を止め、急斜面は足を使わなくても滑り降りる事が出来る事を教えてくれた。またこれらのトラブル時間の調節で309号線の見える場面でガスを追いやり、生きる希望を与え、最後のガレ場の急斜面で今までに習得した技術を結集して危機を乗り越える。全ての動作とアクシデントが生還するために絶対に必要な完全なるプロセスであった事自身が奇跡としか思えない。大峯を愛する自分の気持ちが弥山に伝わったのかも知れない。大峯の大きな愛を受けて益々大峯にのめり込むのかも知れない。

  しかしこのような体験を二度と繰り返したくはない。地図読みの訓練と、危険を感じたら登頂を断念する勇気と、アイゼンワークや登山技術の訓練と勉強を重ねて、楽しい登山と山岳写真生活を続けたい。

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