屋久島宮之浦岳に挑戦

2003/02/08

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  100名山に対しての興味があまり無い私には、屋久島の宮之浦岳に登る発想は全く無かった。この話しがHさんの退職記念イベントとして持ち上がった時、ちょっと遠いし費用もかさみそうで、もう少し近くの山にしてくれたら良いのにと思ったりもしたが、逆にこんな機会は滅多に有るものではないと考えるようになった。

  山のキャリアとしてはまだ2年位しか無いが、最近自分也に山に対する取り組み方が見えてきたような気がする。まず長期休暇が取れる5月のゴールデンウィークには大峯奥駈道を歩き、山を楽しむというより苦行の中で自分を見つめ直し、悟りの境地迄にはいたらないまでも何かが掴めたら良いと思う。去年は吉野から那智迄殆ど雨の中を歩いたが、自分の気持ちに何かが得られたような気がしない。今年は高野山から小辺道を歩いて本宮へ、更に本宮から奥駈道を吉野に引き返す計画を立て、距離を伸ばす事で何かが得られる事を期待している。盆休みは涼を兼ねてアルプスの高い山に登ろう。普段の休日は写真を撮る事を主体に大峯の山に入り、感動の風景に巡り会いたい。

  今回の山旅は自分のコンセプトとは違うが、今の段階で自分のコンセプトに凝り固まらなくても、色々な人と山に接する事で新たな展開があっても良いと思っている。

28日 土曜日 1日目

  最近は殆どが車を使用しての山行で、ザックを担いで電車に乗るのは去年5月の奥駈道の縦走以来久しぶりの事だ。尾崎で待ち合わせた電車にHさんとFさんを発見した時はほっとした、関空迄行ってしまうとお互いに探すのが大変だ。

  関空の荷物の預け入れで1件目のトラブル発生。Kさんの剥き出しのスキー用ストックがこのままでは搬入する事が出来ず(凶器扱い)、超大型のコンテナの出現となり、手続きに長時間またされる。2件目は私の機内手荷物にナイフが見つかり、アタックザックを兼ねた私の機内用備品ザックが開放チェックされる。登山ナイフは没収では無く手続きをすれば屋久島で返してくれるとの事でほっとする。3件目はFさんが屋久島観光案内所に電話で聞いた話だが、淀川登山口への道路が雪で閉鎖されているとの事、我々はレンタカーを予約しており、本日も道路閉鎖が続けば初日から計画の大幅見なおしが必要になる。少しの光明は低気圧が通過中であり、雨で雪が溶けるかもという情報もあり現地に着くまで考えない事にしよう。(とはいえ鹿児島の更に南の屋久島で道路が雪で閉鎖されるなどありえない、これはFさんがかついでいるかもと少しの疑念を持ちながら)

  鹿児島空港で屋久島行きに乗換えた順調な空の旅が、屋久島空港着陸の時ヒヤリとさせられる。車輪が滑走路タッチ寸前にエンジンがフルパワーに全開し、機体はどんどん上昇して行く、何のアナウンスも無く暫く不安な状態が続く、車輪が出ないのではないかとか、機体に何かトラブルでも発生したのではないかとか想像が膨らみ不安が増す。強風のため着陸出来なかったむねのアナウンスで少し落ち着いたが、屋久島に着陸出来るのだろうかとまた別の不安が湧いてくる。2回目の着陸が成功して機外に出ると、低気圧の通過でなるほど風が強い、そして雨もかなり降っている。最初からツキのない山旅のスタートだ。

  雨の中レンタカーで淀川登山口に向かう、この雨で小さな沢から水が滝のように道路にまで溢れ出している所が何箇所もある。この雨の中でも大型観光バスに3台遭遇したが、観光客は雨の中で屋久杉を見て来たのだろうか、道中には屋久杉ランドがあり、紀元杉もあり観光のメッカとは思うが雨が強過ぎる。屋久杉ランドで車を止めて様子をうかがうも人の気配はなく、さっきの観光バスが今日最後の観光客だったのかも知れない。

  淀川登山口に到着するも車は1台も無い、この雨の中で登山する物好きは無いだろうと出発の準備をしていると、物好きはいた。タクシーが到着し二人の登山者が降りてきた。我々だけではなかったのだと少しほっとした。案の定登山道は水浸しで、まるで沢を歩いているようだ。積雪の下を流れる水は深みがあり、念入りに防水処理をした登山靴の上から水が入り込む、靴下の濡れて無い期間は30分も有っただろうか、スパッツを雨合羽の下にしていたのがまずかったのかも知れない。こんな道中でも山の動物や植物に異常な興味を示すHさんが小鹿を発見した。ブッシュの向こう3m程の所で、逃げる気配も無くじっと此方を見つめている。大峯の鹿は数十m先で人の気配を感じると鋭い警戒音を発して逃げ去るのに、この島の鹿は人間を信じきっているように感じる。島育ちは人だけで無く動物までも心がおおらかになるのだろうか。

  淀川小屋には我々も含めて10人位の人が泊まった様だ。2階も有り詰めると4~50人程が泊まれる大きな小屋だが、窓が無いので暗い。昼間でもヘッドランプかランタンでもないと動きが取れないほどだ。今日の夕食は安房のスーパーで買った弁当で手間いらずだが、何だか山で食べる夕食としては味気ない、火を通した物を食べる方が山小屋の夕食には似合うと思う。

  私以外の3人は打ち合わせ通り、荷物を軽くするという事で就寝用に寝袋以外は持参してなかったが、私は冬の大峯で寒い経験をしているので、極寒用の寝袋とテントマット、それに個人用のマットを持参し、暖かい夜を過ごす事が出来た。夜の寒さは荷物の重量との比較は出来ないというのが私の信念だ。

 
奇岩を乗せた山 

2月9日 日曜日 2日目

  屋久島の日の出は遅い、朝7時近くになってようやく明るくなって来た。空は昨日と打って変わって快晴のようだ。今日は宮之浦岳に登って、小屋迄帰って来る予定だ。雪と昨日の雨で湿った登山道を進む。雪は水を含んでシャーベット状になり、蜜でも掛けて食べたい雰囲気だ。屋久島の特徴が直ぐに見えてくる、各山々の山頂には大きな奇岩が乗っており、今にも岩が転がり落ちそうな山もある。屋久島は火山島では無く、この辺りでは珍しい海底隆起の島であるための現象かとも思えるが、関東、関西圏にこんな山の一つでもあれば大きな観光名所になるかも知れない。

  一人分のトレースの着いた雪道は時間がかかる。コースタイム1時間45分の花乃江河まで2時間30分程要している。この辺から宮之浦岳への日帰り登頂は無理かなと思い始める。ワカンが欲しい程の積雪であり、軽装なら宮之浦岳を1日でピストンできるという当初計画は無残にも崩れた。夏道のコースタイムが雪道には何の指標にもならないのは判っていたが、九州の鹿児島から更に南のこの屋久島がこんな積雪で覆われているとは夢にも思っていなかったのが大きな誤算であった。また今回の山行は人に頼りきりで、自分自身で何の事前調査もしなかった自分が悪いと反省はしたが、4人パーティーの結構楽しい山旅であり、あまり後悔の念はない。

  花乃江河は高原の湿原地帯だ。山々に囲まれた小さな平原で、小さな川が流れ、雪のない季節には花園が出現するのかも知れない。固有種の植物もあり、木道も配して自然を保護する様子が見られる。

  親子二人のスーパーウーマン現る。今朝安房の民宿を経って宮之浦岳を縦走すると言う。しかもテントを装備した大きなザックを担いでいる。今朝淀川小屋を経って、今ここで彼女らに追い付かれた軽装の我々は余りにも惨めではないか、60歳をはさんでの始めての4人パーティーと、この山を知り尽くした若い二人と諦めるよりない。

  雪道の小屋泊まり前提の計画は行程が遅れた時、どうにもならなくなる事を肝に命じてこれからの山行に生かそう、そして日の出を待って登り始めるなどもってのほかという事も。

  花乃江河を過ぎるとFさとHさんが先に下山すると言い始めた、Kさんと私はせっかくここ迄(屋久島)来たのだからもう少し歩いてみたいと、取り敢えず11時を目処に前進する事にした。ここで後から来た単独縦走の若いお兄さんがワカンを着けて先行してくれたのでついて行く事にした。休憩をしている先ほどの彼女らも一緒になったが、お兄さんが彼女らに気を使い懸命にラッセルし、又道を確保しようとしてとにかく時間がかかる。気を使わずに自分のペースで歩いてと頼んだが、彼自身これ以上のペースでは歩けないと立ち往生の状態になる。ここで目標の11時にも近付き我々二人もリタイヤの決断をした。

  花乃江河に到着すると先の二人も食事の用意を始めたばかりで、再び4人の珍道中が始まる。ガスコンロを荷物軽減のため2つしか用意していないので、ラーメンを沸かすにも時間がかかる。これも最低一人一個は必要だなと感じた。

  昨日の夜の寒さと食事のまずさから、今日は小屋泊りではなく、先の彼女らが泊まって食事も美味しかったといっていた、安房民宿に泊まる事にして小屋に向かった。小屋には6人位のパーティーが明日の登山のために先着しており、小屋では飲む事以外する事がないなどと酒盛りの準備をしているようだ。小屋にデポしていた荷物をまとめて下山にかかる。昨日は天候の状態が悪く登りにかなりの時間を要したが、今日は下り道とあってまずまずのペースで淀川登山口に到着した。

 
ウイルソン株 
 
ウイルソン株内部 

  ここで観光客を運んだタクシーの運ちゃんが、安房民宿に4人の宿泊を予約してくれるとの話しが、後で民宿での混乱の始まりとなる。民宿に電話した時、運ちゃんの話しを出しただけで話しが通ってしまったので、既にタクシー無線で予約が出来ているものと思ったが、民宿について暫くすると我々の民宿への予約は出来てなく、別人の予約で我々が部屋に通された事が解り、結局部屋換えと食事無しの素泊まり扱いとなってしまう。気にした民宿の女将さんの計らいで近くの焼肉店に車で送って貰い、ビール一本のサービス迄付けてくれたのに、Fさんの交渉力には恐れ入る。山で安房民宿は安くて食事が美味しいと聞いて泊まりにきたのに、外食迄させられて予算オーバーだと素泊まり4500円を4000円に負けさせてしまった。屋久島にはあまり名物らしきものはなく、しいて言えば黒豚と鹿肉くらいという。鹿肉を食べたが特別美味しいというものでもなかった。

2月10日 月曜日 3日目

  本日は昨日の反省も含めて早めの出発だ。5時到着の朝飯と昼飯弁当を貰って食事を済ませ、荒川登山口に向かって車を出発した。登山口到着は6時半で、まだ真っ暗な状態だがあまり天気は良さそうではない。暗い中トロッコの線路道を、縄文杉を見るために出発した。トロッコは昭和45年位までは杉の伐採が行われ、それを搬出したり、里の人が町にでるための交通機関として使用されていたようだが、今は工事用備品の搬送のためだけに使用されている様で、線路には薄らとトロッコの通った痕跡が覗える。

  結構な数の観光客とガイドがこの道を大株歩道に向かって歩いている。枕木の間隔で歩幅が強制され、正月に捻挫をした右足の傷みで、歩きづらく疲れる。途中から枕木に渡り板を敷いてくれた区間があり少し落ち着くが、2時間強こんな道が延々と続く。途中には廃校になった学校跡や数個の廃屋があるのみで、人は誰も住んでいないようだ。トロッコ道終点少し手前でトロッコ道を離れ大株歩道にはいる。

  大株歩道の由来はウィルソン株に有る様だ。超巨大の杉株で豊臣秀吉に献上する為に切られた跡との伝説がある。株の中は10畳程の空洞になっており、木魂神社の小さな祠を祭っている。コースには大王杉、縄文杉と数千年を生きてきた杉達が今も毅然として立ち尽くしている。ただ年をとった杉のため、我々の杉にたいするイメージの真っ直ぐにそびえ立つではなく、幹は大きいが上部は避雷して?無くなり瘤をたくさん作って横に大きく伸びた感じである。

 
縄文杉1 
 
 縄文杉2 

  途中数回小さな雨に遭ったが、カッパを着るまでもなく縄文杉に到着した。杉の周りには柵が張り巡らされ、木を傷めないよう配慮されている。7200年も生きてきたこの縄文杉に植物の生命力の強さを感じ、それにあやかりたいと思うが、今の一人住まいの侘しい生活を100歳までおくる気は毛頭ない。70才まで生きたら良しとしたい。ただそれまでにはやりたい事をやって、悔いの無い人生をまっとうしたいと願っている。

  ここでまたあのスーパーウーマン出現。宮之浦岳は越えたが、雪の深さで新高塚小屋に届かず、暗くなって途中で幕営したとの事。この山でこの季節に縦走するには、テントが必需品という事を再確認した。

  またあの長いトロッコ道を通っての帰還が始まった。午前中よりも傷みのました右足を引きずるように、皆の後を付いて行く。しかしこの道に慣れてきたせいか、周りの様子が来る時よりもずっと見えている様だ。トロッコ道は大きな川に並走している。小さな屋久島のしかも山の奥に、これほどの川幅で豊富な水量がある事自身が、屋久島の雨の多さと豊かな自然を物語っている様だ。また川の中には大きな石がゴロゴロとしており、大雨の川の氾濫がこんな大きな石も下流に流すのかと、アマチュアカメラマンとしてはそんな光景を一度でもシャッターに収めたいという気持ちがちらりと頭をかすめる。

  今日の宿泊は予め予約を取っていた、屋久島ユースホステルだ。ユースホステルの堅苦しいしきたりがいやで、この年まで泊まった事が無い。最近はミーティングもなく酒も飲める気軽な場所に変わったと聞いていたので楽しみだ。

  U.H.の風呂は小さいので大勢の人が入れないらしく、U.H.の主人は車で10分程の温泉に行く事を勧めてくれた。屋久島の周りは火山島もあり、それの影響で屋久島にも温泉が涌き出ているとの事。この温泉でまたまたあのスーパーウーマン出現。よほど彼女らに縁があるらしい。わざわざ安房民宿から車で30分の道のりをこの尾之間温泉に浸かりに来たとの事。なるほど湯は源泉を使用しており、大峯の下山で帰る途中に入る温泉とは湯質が月とスッポンの違いだ。私は温泉が好きで、何時もつれの人よりも長く入り恐縮しているが、今日もおつれさんを待たせてしまった様だ。この温泉が200円とは安い。家の近くにあれば毎日でも通うのだが。

  U.H.には3人の若い男性と、女性一人のそれぞれ単独の観光客が宿泊していて、食事の時間お喋りを楽しみながら過ごしたが、口下手の私は中々彼らの中に溶け込めず、話しを聞くだけの聞き役に徹した。若者は何を求めてこの遠い島に一人でやってくるのだろう。一人で巡る観光がどんなに美しい風景が有ったとしても、決して楽しいとは思えない。あった。彼らの本当の目的が。ぱらぱらとめくる宿泊客の残した感想メモに、4年前このU.H.で出会い、結婚して再びこのU.H.を訪れたカップルのメモが。少しおくての彼らは住んでいる所での出会いが無く、出会いを求めてこの遠い島まで来るのだと。私はそう感じたが実際の事は解らない。

2月11日 火曜日 4日目最終日

  楽しかったこの山旅も今日が最終日であるが、今日は一般観光の予定で千尋滝と白谷雲水峡の観光だ。千尋滝で、薄々とは感じていた屋久島が巨岩で構成された島である事がはっきりと解った。50mを遥かに越える大きな滝そのもが一枚岩で構成されているため、滝の周りには一本の木も生えていない。岩と言えども年を重ねると普通は植物が寄生すると思うが、この岩には草も生えていないように見える、視力の弱い私に見えなかっただけかも知れないが。何とも不思議な景色である。

  白谷雲水峡は名前が示す通り雲の中の渓谷だ。海間にぽっかりと浮かぶこの島の山はガスが発生し易く、この渓谷は常にガスに覆われているのだろう。あらゆる場所が写真のポイントとなり得て、どこにレンズを向けて良いか判らない。荷物の制限と今回の山旅が写真仲間では無い事が残念だ、愛用のペンタックス67に換えて今回はオリンパスC250の旧型デジカメで撮影しているが、全く風景写真としては物にならない。白飛び、黒潰れで思ったような写真が一枚も撮れない。残念だが始めからこうなる事は覚悟していた。

  鹿児島空港では2時間以上の乗り継ぎ時間を利用して、西郷公園で遊び、お土産を買った。山行でお土産を買うのは初めてだ。飛行機を利用しての山行となると、如何しても観光も重なってしまうのでやむをえない事だ。

  最後に、また次の機会があればお供させていただくとして、今度は余り金のかからない所に連れていって欲しい。よろしく。

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