北アルプス蝶ヶ岳・槍ヶ岳・穂高岳左回り循環記

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02/08/20

  殆どの毎週末を大峰山系の山で過ごす様になって1年近くになる。志高の集会で大峰山系の何処に引かれるのか聞かれて困った事がある。実際自分で何に引かれて毎週山に入っているのか解らない。一つ言える事は休日に家に居ると気持ちが苛つき、逆に山にいると気持ちが落ち着いている。これって山が好きなのだろうか、精神の安定を求めて山に逃避しているだけなのだろうか。

  大峰山しか知らない自分が北アルプスに入ってどう変わるのか、山に入る意義を見つけられるのか、これが北アルプスに入るメインテーマだ。もちろん最近買ったペンタックス67で写真を撮りまくる事もそうだが。

89

  退社後いつもの芋膳で食事し和歌山ICから高速に乗る予定であったが、社外に出ると盆前の週末とあって交通が混雑している様に感じた。この時間帯の和歌山IC迄の渋滞は相当のものだと今までの経験から判断しルートを変えた。26号線で大阪方面に向かい泉南ICで高速に乗る。しかしながら盆前の週末ではどのルートも同じく渋滞で、泉南ICまで1時間以上掛かってしまう。途中コンビニで弁当を買い車内で食事を済まし時間とお金を節約した。

  高速道路はまだそんなに混んでなくスムーズに走る事が出来る。名神から東海北陸道に乗るころから小雨が降り始め、蛭ヶ野高原SA辺りでは大雨に変わりワイパーを最高速にしても視界の確保が困難だ、仕方なくこのSAで雨が小降りになるのを待つ。飛騨清美IC158号線に乗り沢渡を目指す、ガソリンタンクの小さいキューブでガソリンの残量が気になり始めるが、こんな田舎の夜中にスタンドが開いているわけもなく不安は更に増す。そんななか間違えて安房トンネルに入らず峠に入ってしまった。これで時間的に30分の損失とガソリンの不安が更に増した。沢渡駐車場に着いたのは午前2時頃で、仮眠時間は2時間しかない。

 
早朝の明神岳 

810

  午前4時起床、雨は降っていない、準備を済ませ上高地行きのバスに乗りこむ。早朝のせいか客は5~6人しかいない。上高地につくとにわかに活気付き、どこから人が湧き出てきたのか河童橋付近では大勢の人が既に観光気分だ。撮りつくされた景色とは言うがやはり河童橋から眺める穂高は綺麗で雄大だ。川原から橋と穂高連邦が見えるアングルで写真を撮って見る。

  梓川沿いに明神館・徳沢園へと歩く、ザックが25~26Kg有るのにこの平坦な道では苦にならない、多くの登山者をどんどん抜いて行く、このペースだと左回り循環の今回のコースはチョロイもんだと内心思う。徳沢園から蝶ヶ岳への道に入るといきなり急登となり、ザックの重量がモロに効いてくる。ペースはガタ落ちになりオバサン達にどんどん先を越される。足が重くて持ち上がらず、重心が振られてステップを思った位置に出せない、先程とは対照的にこんな事でこの循環コースが周れるのだろうかと不安になってくる。そんな中で高度2600mの位置にある妖精の池は、お花畑を周りに巡らせて登山者の体を休ませ目を癒してくれる。お花畑は高山植物の花が短い夏を惜しむように咲き乱れていた。

  蝶ヶ岳のテント場は風の通り道となっていて烈風が吹き荒れていた。何度も風にテントを飛ばされそうになりながら、何とかテントの設営を完了した。気の弱い自分はテントの設営を手伝ってとは一面識の人には言えない、山の上なのでもっと自分の気持ちをおおらかに開放的にすれば良いのに、持って生まれた性格でこれが出来ないのは損な性格だ。烈風の中テントが飛ばされないかと不安の一夜を過ごす。深夜、女の子の悲鳴が聞こえる、テントにトラブルが発生したらしい。

811日

  6:30 少しガスの掛かった中を常念岳に向かって出発した。今日も荷物の重さに喘ぎながらの縦走である。常念岳迄のコース時間4時間に対して、6時間近くをかけてやっと常念岳に到着した。山頂はガスと小雨の中、岩陰に隠れる様に昼食を取っている人がいる。話しかけてみると気さくにものを言える人で、食事の間お喋りを交わしていた。金沢に住んでいたがリストラに遭い、家も土地も売って、好きなアルプスの近くに有る松本を再就職の地にしたとの事。昨日飲み過ぎたので今日は酔い覚ましに日帰りでこの山に登ったという。リストラに遭ったのは辛い事だが、これを機会に趣味の道に入り込むとは何とも羨ましい生活があるものだ。

 

  常念小屋は直ぐ下に見えるのに中々辿りつけない。見えてはいるが高度差は400mもあり、視覚とのギャップが大きく焦りに似たものを感じる。小屋に着いた時の安堵感は何とも言えないものがある。昨日からの荷物に押しつぶされそうな不安から、この循環コースを周るのは無理ではないかと考え始めていたが、何とかこの懸念も払拭出来た。

  テント場に着く頃には雨も上がりガスも薄れた。東の方向に富士山が見えると誰かが言っている。久しぶりにカメラを取り出し、長玉を着けて構えるが強風でカメラが揺れている。カメラバックを三脚に掛けて固定を試みるが、長玉が横風を受け振動は止まらない、体で風を遮り、絞りを一杯に開けてシャッター速度を上げ、取り敢えずシャッターを切った。

  隣のテントには大学山岳部のパーティーがいるようだ。先輩にへんな気の使いようで後輩が喋っている。大声でちょっとした事に大笑いし、今が最高に楽しい時期なのかも知れない。しかしうるさい。隣人の事も考えるマナーを持って欲しいと思う。

812日

  今日の宿泊予定地の西岳が、一の俣谷・二の俣谷の向こうに山頂に雲を被って見えている。遠い、あんな遠方迄歩けるのだろうか。大天井岳迄歩いて余裕があれば西岳に向かおう、予備日は設けてある、そんな思いで常念小屋を出発した。

  結構歩き易いコースで、今回の山旅で始めてコース時間を切って大天荘に到着した。かなりの時間短縮だ。少し自信を回復した。ここにザックをデポしてガスの大天井岳をピストンし、直ぐに西岳に向かう。

  生憎今日のテント場でも大学山岳部のパーティーが隣だ、昨日の連中よりもっと大声で喋りまくっている。夜、速めに声がしなくなったと思ったら、朝の3時から大声で出発の準備を始めた、実際に出発したのは6時前なのに。マナーの悪さにはあきれ果てる。最高学府に学ぶ者達がこの程度では今後の日本はどうなるのだろう、これは少し考え過ぎか。

 

813日

  ガスの薄い朝を迎えた。常念岳の方面が少し見えている。あまり写真を撮っていないので余裕のあるうちに撮っておこうと思う。

  水俣乗越から東鎌尾根に入ると道は結構厳しくなる。大荷物を背負った身にこたえる。岩のステップ間隔が大きくて足が届かない・動かない。こんな苦しみのなか、ガスが流され一瞬槍ケ岳の雄姿が眼前に現れ、感動を感じる。少し安全な場所でカメラを構え、次のガスが薄れるのを待つ。1時間程待ってやっと槍の雄姿を捕らえる事が出来た。

 

  槍ケ岳山荘のテント場も強風が吹き荒れている。蝶ケ岳での経験を生かし、テントを地面に置き石を乗せて固定する。向かい面二ヵ所にペグを打ってテントの二ヵ所を固定する。おもむろにポールを通し一気に立ち上げて手前二ヵ所にペグを打ち固定する。この強風の中、何とも鮮やかに設営が完了した。少し離れた場所で一人用のテントを悪戦苦闘して設営している若者がいる。自分の蝶ケ岳での姿を感じ、進んで手伝いを申し出た。彼はかなり感謝してくれたようだ。

  隣のテントは旗を立てたようにパタパタとはためきの音がうるさい。専用フライシートではなくタープで代用しているようだが、いいかげんな張り方で一晩中はためきの音に悩まされる。4日間のテント生活で良いことは一つも無かった。大峯の山が懐かしく感じられる。山が神聖で、人が少なく心が落ち着くのはこの辺りにあるのかもしれない。

 

814日

  今日もガスっていて写真が撮れそうにない。食事を済ませ、トイレに行こうと外に出るとガスが俄かに吹き飛び槍が鮮やかに浮かび上がる。急いでカメラを準備すると槍の穂先は既にガスの中だ。悔しい、このままでは出発する事など出来ない。御来光を見ようと外にいた人達が殆ど小屋に戻るなか、寒さに耐え辛抱強くガスが飛ぶのを待った。その甲斐があり槍からガスが消え、テント場から見る槍の右側に御来光迄拝む事が出来た。写真の出来は今一だったがこの目にはその情景を焼き付けた。

  またまた発生したガスの中を、穂高岳縦走のこの山旅のメインコースに望む。南岳までは穏やかな道のりであったが、ここからは東鎌尾根を遥かに凌ぐ危険なコースだ。ガスが下部の視界を遮ぎっているので大キレットはあまり恐怖を感じない、ガスもたまには良い事もあるものだ。飛騨泣き辺りの急な岩場は流石に怖い、オーバーハングした岩が墓石ザックの上部を押して谷に何度も突き落とそうとする。岩場を下るとザックの下部が岩に押されて前につんのめらされる。岩の割れ目に手を突っ込み四つん這い・後ろ向きになって、ぶざまな格好で必死で岩場を通過した。

  一人悪戦苦闘しているのに、4~50人の韓国人登山ツアー者のキムチパワーには驚かされる。ダブルストックを上手に操り危険な岩場もなんのその、早いペースでどんどん自分を追い越して行く。ダブルストックの威力をまざまざと見せ付けられたが、自分はストックの使い方が下手で今回も持参していない。少し練習の必要がありそうだ。

  北穂高泊まりかと思っていたが、結構コースタイムに近い時間で北穂高に到着した。勢いに乗って穂高岳山荘迄突っ走ろう(とは言っても亀の様なのろさだが)。山は初心者ですと連れとはぐれた若者と二人、涸沢岳で道を外し、地図とコンパスで慎重に行く先を見定めて穂高岳山荘に到着した。

  4日分の食料を食べ尽くしたので今日は小屋泊まりだ。久しぶりに人間らしい食べ物が食べられる。小屋は図書室・ビデオルームが付き、トイレも綺麗で槍ケ岳山荘とは格段の差がある。食事迄にはかなりの時間があり、図書室で写真集を見た。確か「流れに沿って」(先に逝った3男、武に捧ぐ)と言う題名であったと思うが写真家の名前は忘れた。知的障害を持った我が子と悪戦苦闘し、疲れ果て、我が子を病院(施設)に送った後ろめたさが写真に没頭させる切掛けとなり、この写真集を発行するに当って我が子に捧げるこの心境が少し自分の今と似ている。自分は6歳と10歳で母親を無くした我が子達に、充分な愛をそそいでやれなかった後ろめたさを持っている。序文を読みながらぼろぼろと大粒の涙がほほを伝う。恥ずかしさを忘れて長い序文を読みそして写真を鑑賞した。

815日

  今日はこの山旅の最終日だ。悪戦苦闘はあったが予定通りの日程でここまで辿れた。昨日涙を流したあと鏡を見て驚いた、自分の顔では無いみたいに顔付きが変わっている。全体に浮腫み、目は落ち込み、手もパンパンに張って握り締める事が出来ない程だ。それに手で顔を触ると腐った肉にでも触る様にブヨブヨだ。こんな状態から速く脱したいと一目散に上高地を目指す。大雨の中気持ちは焦るが体が着いてこない、踏ん張る力を無くした足を取られて何度も転ぶ。一度転ぶとバッタが人に掴まれたように、荷物に圧されて起き上がれない。無様な姿を人に見せたくないともがきながら立ち上がり、必死の形相で岳沢を下る。6時間休憩もせず、水も取らず小屋で手配した弁当にも手を付けず、ただひたすら上高地を目指した。体中に傷やアザを作り、心は宙をさ迷っている。山に居ると気持ちが休まるはずの自分が、今必死で山から逃げ出そうとしている。何と言う矛盾。

  上高地バス停に辿りついても休む気にはならない。ずぶ濡れの体のままシャトルバスに飛び乗り沢渡駐車場へと急いだ。自分の愛車を見て始めて高ぶった気持ちが治まり、ああ終わったんだと感慨が深まる。温泉で6日分の垢を落とし、やっと食事をしようと言う気分になった。ここでようやく小屋の弁当に手を付けた。

  疲れた体で長距離のドライブは辛い。高速道路のサービスエリアで休み休みの帰還となり、10時間を要して自宅に到着した。
  この山旅でも自分は山が好きなのかどうか解らなかった。でも来週の休日もやはり山に居るのだろう。

行程 (時間は地図記載のコースタイム)

8月9日

  退社後、17:30出発

  泉南IC→吹田JC(名神乗換)→一宮西JC(東海北陸道乗換)→飛騨清美IC

  国道158号線の高山を経て沢渡バス停で仮眠

8月10日

  4:00起床、4:40発位のバスで上高地へ

  上高地バス停  →  明神館  →  徳沢園  →  蝶ガ岳テント場(泊)
                            3k1:00     4k1:00    3.2k,3:20

8月11日

  蝶ガ岳   →   常念岳   →   常念小屋テント場(泊)
                5.2k,4:00       1.3k,:40

8月12日

  常念小屋 → 東天井岳 → 大天井岳 → 大天井ヒュッテ → ヒュッテ西岳テント場(泊)
               3.3k,1:40   1.83k,1:20    1k,1:00     4.1k,2:30

813日

  ヒュッテ西岳 → 水俣乗越 → ヒュッテ大槍 → 槍ケ岳山荘テント場(泊)
               1.3k,1:00   1.82k,2:00    0.9k,1:00

814日

  槍ケ岳山荘 → 飛騨乗越 → 大喰岳 → 中岳 → 天狗原分岐 → 南岳小屋
                0.35k,0:10    0.45k,0:20  0.77k,0:50 1.51k,1:10     0.95k,0:30

  南岳小屋 → 北穂高岳 → 涸沢岳を経て穂高岳山荘(泊)
               2.65k,3:30   1.6k,1:30

815日

  穂高岳山荘 → 奥穂高岳 → 紀美子平 → 岳沢ヒュッテ → 河童橋
                0.65k,1:00   1.65k,1:45    0.9k,1:15   3.5k,2:00

  (バス)上高地 → 沢渡(マイカー) → 158号線高山をバイパスして飛騨清美IC

  → 一宮西JC(名神乗換) → 豊中IC → (阪神高速)堺 → 自宅(深夜2時到着)

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