大峯奥駈道・熊野古道縦走記

 Home  Back

2002/05/19

427日(一日目)

4:47  大峯奥駈出発の朝、比較的平常心で朝食を取り支度を終了した。荷物の重さが22kgを越えるので少しの不安はあるが、一ヶ月以上かけてリハーサルをしたり、装備のチェックを行って来たのでそれが安心感に繋がっているのかも知れない。今回の奥駈は山登りに興味を持って一年弱、特に大峯山系の魅力に引かれて北側の各山々を登り、自分にとって初級登山の卒業検定の意味を持つと同時に、登山が趣味として一生やって行けるかどうかの確認の意味も持っている。

8:34  吉野ケーブル駅35分発に乗車した。
8:42  去年11月はケーブル山上駅から奥千本行きバスが有ったのに、今回は竹林院が奥千本行の始発となっている。夏時間/冬時間によって始発駅が変わる様だ。

9:06  バスは竹林院から奥千本に向かって出発した。
9:23  バスを降り、出発の準備を終えた。いよいよ奥千本をスタートし、那智大社に向かう。
9:30  金峯神社でお参りを済ませ奥駈道に入る。竹林院バス停で自分と同じ那智大社迄歩くという人と知り合いになったが、ユックリ歩きたいと同行を断ってきた。金峯神社に登る階段で早、自分とペースが違う事に気付いた様だ。
9:43  青根ガ峰に到着。道が分技しているのに山上ヶ岳の道路標識が無くちょっと迷う。
9:46  青根ガ峰を越えると植生が杉から広葉樹に変わり、新緑の艶やかさで気持ちの良い雰囲気になる。

 
吉野から五番関洞川に続くスーパー林道

9:47  青根ガ峰を越えて5分も立たずに舗装された林道に出てしまい、味気ないものを感ずる。
9:59  林道の写真を撮る。この林道が出来て以来、吉野から山上ヶ岳に向かう殆どの人がこの林道を利用し、古道を通る人はあまりいない事をバスの運転手に聞いた。
10:39  四寸岩山への道を間違えた様で、ピークを越えても四寸岩山の表示が無く、下るにつれて道はブッシュとなって行く。ここでピーク迄引き返す事を決断する。

10:41  ピークに到着した、ここで小休止。
11:02  分岐迄引き返し道標を確認するも、どう見てもこの標識の書き方では自分の採った方向の方が正しい様に見えるが、しかたがない、もう一方の道に進む事にする。

11:45  四寸岩山に到着。朝は快晴だったのに今は雲が出てきて雨が降りそうな気配が感じられる。ここは中々展望の良い場所であるが、既に山上ヶ岳は半分ガスに囲まれている。
12:18  朝方、那智まで行くと言っていた彼とは道迷いの後追いつき追い越し、この四寸岩山でラーメンを炊いて食べた後ででもまだ彼は姿を現さない、ああいうペースではとても那智まで歩けるとは思えない。
12:22  四寸岩山を足摺宿跡に向かって出発。
12:35  足摺宿跡に到着、非難小屋があり中は仏様が祭られ立派な小屋である、泊まると何か罰が当りそうな気がする。

12:40  新緑が非常に綺麗で、右側は檜の植林、左側は落葉樹の新緑が形容の出来ないほどの美しさである。
12:58  檜の向こうに大天井ヶ岳の整った山容が見える、目測直線で約2km程の所
13:01  マタマタ林道に出る。川上村の大きな木で作った案内標識がある。
13:13  林道は横断するのみで百丁茶屋に向かって進む。

 
大天井ヶ岳の整った山容が見える 

13:13  百丁茶屋跡に到着。何にも無くこんな所に茶屋が有ったとは思えない。

13:15  ここが本当の百丁茶屋跡でさっきのは標識が先行していただけの様だ。祠が2つ祭ってあり、立派な小屋もある。ボランティアによって建立され、吉野古道の維持管理と一般の人の避難小屋として使用できと、その使用心得が書いてある。中にはストーブもあり今まで見た中で一番立派な小屋だ。ここで一息入れる

13:25  百丁茶屋跡を出発。今日は大天井ヶ岳を左に巻いて楽をしようと思う。最近の奥駈縦走は大天井ヶ岳を通らないと百丁茶屋跡で会った登山者に聞いた。
14:48  五番関女人結界門の前に10分程前に到着。半山伏姿のおじさんと話しこむ、縦走するなら鈴を持った方が安全だ等、奥駈道を歩くための注意をしてくれた。重い荷物が肩に食い込み肩が痛いが、足は大丈夫の様だ。これから一時間半で山上ヶ岳に到着の予定。
15:29  シャリバテ気味になって来た。肩も痛いしシンドイ。ここで休憩し、お菓子を食べて体力の回復を待つ。
15:40  体が少し楽になってきたので出発する。

16:22  洞辻茶屋に到着。この時間になると、もう誰にも会う事は無かった。ここで休憩をする。
16:30  洞辻茶屋出発。山上ヶ岳迄1880mの道標有り。
17:22  大峰山寺に到着。小笹の宿に向かうのは無理と判断し、ここでテントを張ろうと思う。
17:28  一息入れると少し力が沸いて来た。再度小笹の宿に向かう事にした。
17:32  左の谷はガスが沸いている。右側には稲村ヶ岳・大日山が見えている。
17:57  セセラギの音が聞こえて来た。小笹の宿はもう直ぐの様だ。がんばって良かった。

18:03  小笹の宿では小屋の中から声が聞こえる。自分よりほんの少し前に到着した人が中に入るのを躊躇している。中を覗くと既に3人が小屋の中におり、入れてもらえるか確認すると快く引き受けてくれ、寝袋の移動を始めてくれた。迷惑がかかると悪いので食事だけは外でしようと一旦外に出て食事を取る。
19:00  先ほど小屋に入るのを躊躇していた彼はテントの方が気が楽だと言うので、自分もテントを張る事にした。
19:33  テントの中でかりんとうを食べ、コーヒーを2杯のみ腹を満足させる。何故か幸せな気分になる。

 
朝露の花が咲き乱れる 

428日(二日目)

5:32  小笹の宿を出発。結局小屋には3人、テントにも3人が泊まった形となった。夜中は月は霞んでいたが満月だった様でテントの中は非常に明るく感じた。
5:40  木の枝はガスが露を一杯に付け、柏木道右側は雲海に山が浮いている。なんとも言えない景色だ、本当に海と言う表現が適切な事を実感する。白い海に島がぽつぽつと浮いている、こんな景色は始めてだ。
5:46  なんだか海岸を歩いている様だ、信じられない雰囲気だ、今1500m程度の標高の中で海岸を歩く、全く夢の中にいる様だ。
5:48  逆光に木の枝に付いた無数の朝露が輝いている。朝露の花が咲いている様に見える。

5:51  露の花が至る所に咲き感動で一杯だ、ああここに来て良かった。
5:52  霧氷の花というのが有るが、これは露の花だ、まだ芽の吹いていない枝にビッシリと丸い露が乗り、逆光に輝いているところは花が咲いているという形容がピッタシだ。
6:01  ここは女人結界門・阿弥陀が森だ、柏木方面・大峰山の道標がある。弥山方面の道標は右折になっている。これから柏木道を離れ弥山に向かう。今までに見て来た雲海に浮かぶ一番大きな島はどうやら大普賢岳の様だ。

 
 雲海に浮かぶ小島

6:05  朝露にしっとりと濡れた枯葉の上を歩いている。トウヒの木も朝露に濡れて、緑が鮮やかで綺麗だ。朝は凄く山が綺麗にそして神聖に感じる。
6:23  そろそろ体が温まってきたので山シャツを脱ぐ。本当に感動・感動の連続だ。この辺りには石楠花が沢山あり、蕾みは少ない、多い木で2個、殆どの木が蕾みが付いてない状態だ。今年の石楠花は大峰山系何処に行ってもだめの様だ。5月の志高例会は自分が担当になり、七面山の石楠花撮影になっているが絶望の様だ。

6:52  小普賢岳ピークに到着。太陽が上がって来た所為か、ガスがかなり上の方に上がって来て展望があまり良くない。しかし、体を少し振ると凄い雲海が見える。
7:01  小普賢岳ピークを出発。弥山も雲海の上に浮いていた。
7:15  大普賢岳ピークに到着。まだ誰もいない、下の方には雲海があり、前方は弥山が雲海に浮いている。小普賢岳で見るより、こちらから見る景色の方が綺麗に見える。
7:19  大普賢岳を出発して七曜岳を目指す。朝から感動感動の連続の風景で、ここからは稲村ヶ岳が木の間からではなくはっきりと見える。もう一度写真を撮り直す。
7:27  大普賢岳は右に巻いて通る道が有り、大普賢岳をパスして奥駈道を通る事が出来そうだ。これに意味が有るかどうかは別だが。
7:48  大普賢岳からの道は急坂の下りで露で濡れており、滑りやすいので注意をして降りていたがついにスリップ転倒した、幸いザックが身をかばってくれたので怪我には至らなかった。
8:02  小笹の宿で出会った外人さんが追いついて来た。彼は3人グループの一人かと思っていたが単独縦走であった。少し話をした、訛りのある日本語ではあるが、きちんと理解出きる様だ。かれのペースは相当速い、あっというまに差を付けられてしまった。
8:09  10m程の鎖場で水筒を落としてしまったが、「止まれ」と叫ぶと同時に念じると、水筒は下まで落ちずに停止した。本当に助かった。
8:19  鎖場の連続そして谷が深く、鎖の手摺の連続で、流石に大峯奥駈道を実感する。たぶんこれが最大の難所だと思われる、実際に南まで行って見ないと解らないが。少し平穏な場所に出た、もう少しで七曜岳に着くと思われるので休憩せずにこのまま進む。

8:27  国見岳到着。七曜岳が大普賢岳から1時間30分で行ける距離なのに、ここまでで1時間15分かかっているのは何かおかしく感じる。取り敢えずここで休憩をする。
8:46  国見岳を出発。ここで後から来た人と話しこんでいた。この人も本宮迄縦走するとの事。
8:49  大分ガスが濃くなって来た。視界15mあるかないか位である。道迷いしない様気を付けて進もう。
9:05  七曜岳到着。左手はガスで殆ど何も見えない。弥山も山頂はガスに隠れている。天気が良ければ非常に良い展望だとは思うが、ガスが全般に上がって展望を塞いでいる。

9:20  木のステップ幅の小さな階段が4個連続にあり、荷物の重さでバランスが取れないため後ろ向き四つん這いになり、一段一段慎重にステップを外さない様に通過した。
9:39  穏やかな尾根道に出る。ガスで視界は10m程度だ。少し鳥の鳴き声が聞こえてきた、元々鳥は鳴いていたのに自分自身に余裕が無くて聞こえなかったのかも知れない。
9:57  昭和40年大阪工業大学ワンダーフォーゲル部2回生の人、5月2日疲労こんぱいのためこの付近で死亡。その石碑有り。

 
ガスの中で群生するバイケイソー 

10:37  今、行者還小屋を出発した。小屋の中では先ほどの外人さんと、小笹の宿で小屋に泊まっていた人と話しをした。どちらも気さくに話せる人達であった。
10:55  先週トンネル西口出合で見た葉の長い植物が、尾根道一面にビッシリと群生している。ここはまだトンネル西口出合には至っていないが、ビックリする程の数である。何時頃どんな花が咲くものか、名前は何なのか誰かに聞くなり調べて見る事にしよう。
12:05  はるか右下にトンネル西口の駐車場が見える、沢山の車が駐車している。まもなくトンネル西口からの出合に到着するだろう。ここで大休止をして食事にしよう。
12:50  トンネル西口出合でさんとバッタリと出合い、話しが弾み休憩が長くなってしまった。彼は山で知り合った友達と二人の山行であった。出発する。
13:27  先ほどの植物の名前を単独の女性登山者に教えてもらう。バイケイ草といい、夏に白い花を咲かせる高山植物との事。その頃に写真を撮りに来よう。

14:58  弥山小屋に到着。胸突き八丁の坂道は休憩無しには登れなかった。
15:09  弥山/八経ガ岳の鞍部に向かう。水を調達して体が動けば先に進むが、動かなければそこでテントを張る予定
15:56  鞍部で水を調達した後、八経ガ岳に登り、今下りにかかっている。八経ガ岳から舟のタワ迄2時間かかるため、休憩せずに下り始めた。
17:06  舟のタワ迄後50分だが、平坦でテントを張れる場所を見つけたのでここでテントを張る事にする。体はもう限界に近づいているのでここらが妥当だろう。元々計画に無理があったのだから。

17:50  テントの設営が終了した。少し段が付いて寝難いかもしれないが、これで我慢する事にする。一息ついたのでだいぶ気が楽になっている。後1時間は歩けなかったかも知れない。今日一日を総括してみる。朝方は朝露がブナのまだ葉のでていない芽にビッシリと付き、これが逆光に光ってまるで花の様であり、非常に綺麗に見え感動した。また雲海、雲の海と表現した事が非常に的を得ていて、山が白い海に点々と浮いている景色がまるでリアス海岸を歩いている気分にさせてくれた。おまけに谷間から吹きあがって来るガスが海岸の打ち寄せる波の様にも感じられた。トンネル西口出合では、去年の暮れに山上ヶ岳で知り合ったさんに偶然に出合い、暫く歓談したが、彼はやはり山で知り合った友達と同行しており、山行の荷物を如何に軽減出きるか等の話しをし、転勤になった串本ロイヤルホテルへの招待を約束してくれて別れた、これからもっと交友が深まるかも知れない。聖宝の宿跡では、三重から来た2つのグループと小笹の宿で知り合った奥駈道を退職記念に縦走する人計7人で、荷物の重さやお互いの年齢、如何に若く見えるか等の話しで多いに盛り上がった。総括はこれくらいにして、これから食事の用意をしよう。
19:02  今日は早々と寝袋に潜り込む。「お休み」


429日(三日目)

5:47  キャンプ地を出発。今日は二人ずれだ。昨夜遅く暗くなって、舟のタワ迄行きたいと私のテントの側を熊よけのベルを鳴らしながら通過する人があり、暗いからここでテントを張ったらという私の忠告を無視して先迄進んだが、結局道が判らないと40~50分後に引き返し、ここにテントを張った人だ。少し雨が降っているのでカッパを着てのスタートだ。
6:20  雲海が湖の様に見える。
6:35  舟のタワ到着。思ったより時間がかかった。

7:32  何故かボイスレコーダのスイッチが入っている。小屋がある、少し休憩しよう。小屋の中には夫婦が宿泊したとかで、出発の用意をしている。旭口から釈迦ヶ岳に登り、ここで宿泊した後七面山に向かうという。地図上に載っていない小屋なのでここが何処なのか夫婦に尋ねると、楊子ヶ宿の小屋と言う。お互いにこれから何処に行くのか、予定はどうなっているのかとか、水の補給は大丈夫か、今年の石楠花の咲き具合はどうなるだろうとか、話題が尽きない。自分が初対面の人にこれほど喋っているとは、レコーダーを聞くまでは信じられない気持ちだ、結構引っ込み思案と自分自身の事を見ていたのだから。ここで例の彼が雨が降り続く様なら釈迦から前鬼に降りると言い始めたので、私は雨が降ろうが槍が降ろうが決めた那智迄歩く事を宣言し、気持ちが揺らぐなら早めに山を降りた方が良いと勧めた。延々とレコーダーは25分間も喋りっぱなしの私の声を記録していた。何だか信じられない、山に居る自分は人が変わった様にさえ見える。孔雀岳の水場の正確な場所を夫婦に確認してこの場をスタートした。

7:52  仏生ヶ岳を右に巻いて通過する。ガスは視界20m程で、雨は殆ど降っていないがまだカッパを着て歩いている。このまま様子を見て雨が降らない様だと、カッパを脱がないと蒸れてちょっと大変だ。
8:32  赤い木の芽の先端にガスで露がビッシリと付いて非常に綺麗だ。写真を撮りたいが今日はカメラはザックの中だ。ガスっているし、雨がちょこちょこと降るので、今日はカメラを出すのはやめにする。さっきから小雨になったので、カッパの上だけを脱ぎ、またこの区間のコースが穏やかな事もあって快調なペースで歩いている。例の彼はだいぶ遅れている様だ、彼も気にしなくて良いと言ってくれたので遠慮無くとばす。

8:59  夫婦の教えてくれた水場で水を補給し、腹もお菓子で満足させ少しの間休憩する。
9:12  孔雀岳到着。ガスで視界は10m程しかなく、五百羅漢の岩は全く見えない。
9:39  ちょっと方向感覚が無くなって標識を疑い、コンパスと地図で確認する。ガスの中を歩いていると、目標の山が見えないので方向感覚が全くなくなる様だ。
10:13  釈迦迄登り切れずに休憩をした。また腹が減ってきたのでお菓子を食べる。やはり方向感覚が取り戻せない、ここまで来るのに3回もコンパスと地図で位置を確認した。見えるものが見えない時の山がこんな物なのか、ガスに巻かれて道迷いするとはこういうものなのかを実感する。
10:47  釈迦ヶ岳山頂に到着。3~40分程急登につぐ急登で、岩場は濡れて滑るので、怖くて四つん這いになって登った。
11:35  山頂で逢った登山者と孔雀の五百羅漢の話しをした。優しそうな雰囲気を持った人で、自分も何時か奥駈道の縦走に挑戦したいと語っていた。山頂にはかなり沢山の人が登っていて、仏像の前で般若信教を合掌するグループもいた。

12:43  深山の宿で水場を探すも見つからず。後日談だが、深山の宿の香精水とは容器に貯めた貯め水の事で非常に美味しいとの事。後でこの話しを聞いて木栓のついた容器に一滴一滴水が溜まる、あの容器の事かと気が付いた。明日の雨について彼と暫く思案するもスタートする事にする。
13:07  太古の辻到着。これから南奥駈道に入る。
13:08  持経の宿へ8.1km5時間、平治の小屋へ9.7km6時間、玉置山へ29km16時間、本宮備崎へ45km24時間の道標がある。
14:08  天狗山1536m到着。小さなアップダウンが沢山あり、石楠花岳の石楠花は名前のとおり群落を生しており、蕾みの数も心なしか他の場所よりも多く感じる。

14:30  奥守岳1510m登着。
14:46  嫁越峠到着。道標で、地蔵岳40分、奥守岳30分、十津川村花瀬へのエスケープルート有り。
15:10  地蔵岳1464m到着。道標で、般若岳30分、嫁越峠50分とある。もう少し頑張ろう。
15:36  般若岳1328m、これより滝川の辻迄15分の道標あり、ここ般若岳はピークを通らずに右に巻いて通過する。
16:21  剣光門、笹の宿跡、涅槃岳迄30分の位置。

16:51  涅槃岳ピーク1375m到着。凄い直登で30分の所を自分は25分で登った。山頂付近で赤いツツジ一本が迎えてくれた。この位の高度になると群生するのが無理なのか、涅槃岳に登る前は赤いツツジが点々と咲いており、ガスに包まれてしっとりと濡れ綺麗であった、所々真白な花も有り、これが白ヤシオかなとも思うが、葉がツツジの葉の形をしていないので良く判らない。今まで沢山の花を見て来たが、歩くのが精一杯で報告する余裕が無かった様だ。ここに来て少し余裕が出て来たのかも知れない。これから持経の宿迄一時間半あるが、連れの姿がまだ見えない。お菓子でも食べて休憩しよう。

17:21  証誠無漏岳1125m到着。次は阿須迦利岳35分。ここまで来る迄に動物3匹に脅される。藪の中でごそごそと大きな音を立てて逃げて行くので、こちらも音にビックリする。
17:24  地図では持経の宿迄後50分になっている。あと一頑張りだ。
17:56  阿須迦利岳1251m到着。持経の宿迄後25分の道標あり。南奥駈に入って比較的道が広く、アップダウンは有るものの、穏やかな道であったが、今のコースに限っては急峻な鎖場が有り、木の根っ子に掴まって漸く登れる所も有り、だいぶてこずった。あと25分という事で余裕も出て来たが、少しシャリバテ気味なのでお菓子で腹を膨らせる事にする。


430(四日目)

5:33  持経の宿から林道を400m下った所で今水を補給した。持経の宿には先客が一人いて、前鬼から来たとの事。今は雨が上がっているが午後から又雨が降る天気予報で、雨が降っていない間に行ける所まで行こうと思う。昨日は小屋に着いた時は靴下までビショビショに濡れて、かなりシンドイ思いをした。5:30から歩き初めて18:30迄約13時間歩いている。これはちょっと無理な行程だったと反省している。インターネットの紀行文ではこのコースを11時間で歩いた人もいる様だが、22kgの荷物を持って雨で滑りやすい道を歩くにはちょっと無理な時間の様だ。登りになると途端にペースがガックリと遅くなる、下りはまあまあのペースで歩けるが、傾斜が急な場所ではスリップに注意をするため必然的にペースは落ちる。南奥駈道に入ると広い道をスイスイと歩ける様な先入観を持っていたが、流石に奥駈コースでそんな甘いものではない事を思い知らされた。明日も天気が悪そうなので予定が更にずるずると延びて行きそうな気配だが、万が一天気が回復して予定に近い所で行動出来れば、那智から更に新宮の速玉大社迄足を伸ばしても良いと考えている。

5:35  風の音、朝露がポタポタ落ちる音、鳥のさえずりをレコーダにいれるも殆ど聞き取れない。
5:36  今度は鳥の鳴き声にもう少し近づき記録する。
6:03  持経の宿を出発。昨日腕時計が雨に打たれて壊れてしまった様で、昨日の6:30を指して止まっている。
6:39  ナカマタ尾根分岐点に到着。平治の宿に15分の道標あり。
6:54  平治の宿到着。この小屋も綺麗で詰めたら7~8人が寝れそうだ、今は誰もいない。水場はここから3分位下にある様だ、トイレもついていて泊まるには良い場所だ。彼は水を補給に行っている。私は先行して出発する事にする。
6:55  次は転法輪岳30分になっている。ゴーゴー出発だ。

7:19  転法輪岳1281m登着。次は倶利迦羅岳60分。あいも変わらずアップダウンの続く道で、天候は今日もガスっていて視界約10m、それでも新緑の綺麗さだけが励ましてくれる。所々赤いツツジが咲いていて少し心を和ましてくれるが、道が滑るので何処を踏めば滑らないとか、何処にステップを置けば楽になるかとか、ここは木の根っ子が横に這っていて危険だとか、そんな事ばかり考えて、何かを前向きに思考するなどとても考えられない状況だ。

9:59  復旧した。先ほど雨粒一つがボイスレコーダに当り、レコーダが動かなくなってしまった。てっきり壊れてしまったのかと思ったが、ここ行仙宿の小屋で新しい電池に変えると正常に動作する。本当に良かった、今回の縦走は紙への記録の予定は一切無く、全てこのボイスレコーダに記録するつもりでいたので3日分の記録が全て無駄になったとがっかりした事が大きな喜びに変わった。買ったレコーダに付いていた電池だったので自然放電が進んでいたのかも知れない。毎年奥駈道の順峰/逆峰を繰り返している人に聞いた話だが、南奥駈道のこの辺のアップダウンの歩行が奥駈コースの最も疲れる場所だとの事で、気を入れなおして望もう。

10:45  行仙の宿を出発。行仙の宿では途中出会った人とお喋りをし、少し速いが昼食にラーメンを炊いて食べた。毎日毎日昼はラーメンを食べているが、おいしくない、また飽きてきた。自分で決めたメニューなので仕方がない、我慢して食べている。
11:16  行仙の宿では食事中に風邪を引くのではないかと思う程寒かったが、ここまで歩くと直ぐに熱くなり、雨も上がったのでカッパを脱いだ。昨日もカッパを脱ぐとペースが上がったので、今日もこれから頑張ろう。
12:35  笠捨山1352mに到着。次の地蔵岳に向かう
13:00
  ここは葛川辻だ、水場5分となっているが、沢の道は小さく急峻だ。取り敢えずザックをデポして、500mlポリ2本を持って補給に行く。

14:47  水の補給に行って道迷いをした。沢に降りるに従って道は殆どなくなり、5分どころか10分、20分たっても水場が無いのに、どんどん進んだのが間違いだった。沢の中でどうもぐるぐる回っている様だ。見つけた人の足跡はどうも先程自分が付けた足跡の様で少し怖くなる。幸いポケットの中にコンパスと地図がある。これで道のあると思われる方面の崖を何とかよじ登り、沢を何とか抜け出し道に出るも、どうも奥駈道では無さそうで、何回行ったり来たりしても葛川辻にデポしたザックは見つからない。関電の鉄塔を整備する道の様で地図には乗っていない。少し死への恐怖もわいてくる。水を汲みに行って何時間立っただろう、腕時計が止まっているのでわからない。水汲みに出かける時はカッパの上着を脱いでいたので、今は半そでのTシャツ1枚だけだ、もしザックが見つからずこの姿で夜を迎える事を考えると、相当の恐怖を感じる。

14:52  命拾いをした。先程行仙の宿で出会った人がこちらに向かって来る。デポしたザックの事を聞くと、すぐ近くで見たとの事。死なずにすんだ、安堵の気持ちで一杯だ。
14:52  見えた自分のザックが見えた。
14:58  神様は又しても自分を見捨てずに、まだ生きる事を命じた様だ。神を信じない自分は何に感謝したら良いのだろう。これから地蔵岳に向かって出発だ、カロリーメイト1個でエネルギーを補給したが体力は持つのだろうか。気になる事がもう一つ、自分のザックをデポした場所にもう一つのザックがデポされている。この人は道に迷ってはいないだろうか。

15:49  地蔵岳、大峯山系の今までの道の中で一番危険と思われる鎖場の連続、特に新しい鎖が数本あり、これは雨に濡れて非常に滑り易く感じる。また木の根っ子を掴んでの必死の登坂もあった。後は下りだが、下りもまた危険な道の様だ。
16:05  最大の難所と思われる下りも、やはり凄い道だった。ほんとに命がけと言っても大袈裟では無いほどの道で、特に今は岩場・コケ・土・鎖の全てが濡れて滑り易くなっており、二度とこんな道を通りたくない心境だ。
16:08  さっきの山、地蔵岳などと優しそうな名前が付いているが、とんでもない危険な山だ。次は玉置山だがこれからでは、今日中にとても行けそうもない、途中でテントが張れそうな場所を見つけて、そこで泊まる事にしよう。

16:32  四阿宿跡に到着。現在四時半位で、ここらでテントを張りたいが、宿と言っても平らな所が殆ど無い。
16:39  思案をしたが、テントを張れそうな場所が見つからない。地図に貝吹金剛のキャンプ適地と書かれた場所を目指して出発する。
17:18  熊野幹線第30号と書かれた電源開発株式会社の大きな鉄塔の下を少し整地して見た。もう歩くのがシンドイので貝吹金剛を目指すのは諦めてここでビバークだ。後2回はテント泊しないと本宮には辿りつけそうにないので、ここらで泊まっても問題は無いだろう。今日はここでビバークだ、整地と言っても足で軽くやっただけなので、ちょっと問題も有りそうだが、これで諦めよう。
17:28  道端でもう少しましな平地を見つけた。こちらに引っ越そう、先ほどの整地した場所はやはり無理があった。

18:18  今テントの設営を終えてテントの中でユックリしている。これから今日はビーフカレー&ライスを作って食べようと思う。明日は水場が心配なので今日は水を節約しようと思う。玉置山から20分程下れば水場がある様になっているが、そこで水を補給する必要がありそうだ。今日ともう一泊ないと、本宮に着けそうにない。元々明日には本宮に着く予定では有ったが、思い荷物を持っての雨中の歩行では、とても地図記載の時間通りには歩けない。計画からの大幅な遅れで残念ではあるが無理をしない事も安全のために必要だと諦め、明日への英気を養おう。

18:34  今、明日の予定を検討した。結構頑張って来て、無理な行程だとは判っていたが、やはり無理だった様だ。明日は非常に楽な行程に組替える。それに美味しいジュースを飲めるかも知れない。今は香精山のちょっと手前位だと認識している。明日は貝吹金剛から分岐して、上葛川口に一度下りる、ここは集落が有ってバス停があるので何か店でも有りそうだ。ここで水とジュースを補給して、玉置山登山口を通って岩ノ口でブッシュを通ってきた奥駈本道に合流し、笠捨山・玉置山を目指す。玉置山では10~20分沢を下った所で水を補給する。この道は実線で書かれているので迷う事は無いだろう。玉置山は山頂近くまで車道が伸びているので、テントを張る適当な場所も有るだろう。

19:42  外は風と共にまたガスがだいぶ出て来ている様だ。ガスの露が木に付き、それがポタリポタリとテントの上に落ちて来る。今日はこれで就寝に入る。「お休み」
21:39  寝袋の中は少し熱くて寝つけない。今は何時頃だろう。腕時計が壊れているので時間が判らない。ザックから携帯を取り出して時間を確認するのも面倒だ。今寝袋から体を半分出して体を冷やしている。
21:40  このボイスレコーダーで時間を確認したら、21時40分。一時間ちょっとしか寝ていない、ぐっすり寝たいと思うが中々寝つけない。


51日(五日目)

4:58  今日は5日目だ、今食事を終えて、コーヒーを沸かし飲むところだ、山でのコーヒーは非常においしく感じる。今日は昨日計画した様に民家の有る上葛川に一回降りて、もう一回登り返し、玉置山では時間的に勿体無いのでもう少し先迄進めたらと考えている。今日も雨の様だ、テントの中ではパラパラ音がしている。雨だけでもなさそうで、ガスの露が木から飛んで来た音が主体かも知れない。夜中ずっとこんな音がして熟睡が出来なかった。今までのテント泊では寝袋に潜り込むと、ぐっすりと熟睡し10時間以上も寝た事があるが、テント生活にも慣れてきた所為か、あまり寝れない様になってきた。後一泊のテント泊で本宮に到着する、計画にはなかったが本宮では温泉付きの旅館に宿泊して、温泉に浸かり美味しい食事にありつこうかと考えている。

5:43  山に入って2回目の野ぐそをした。今まで山での野ぐそは気分的に出来ず、2泊3日の山行では我慢出きる体になっていた。しかしこんな長期になると流石に我慢する事は出来ず、一度やってしまえば今まで出来なかった事が不思議な位、何でもない事になってしまった。生理的な現象を押さえる事は出来ないので、誰でもやっている事だとはおもう。ただし他に迷惑をかけない様後始末はしっかりと済ました。

6:14  出発の準備が出来た、これから出発だ。レコーダが濡れたら又壊れそうなので、カッパで隠して録音している。
6:28  香精山1121m登着。キャンプ地から僅かの距離だった。玉置山に向かう。
7:00  ここは貝吹金剛だ、左に採ると上葛川、民家の少しある所だ、右が大峯奥駈道。ここで玉置山を目指すか、上葛川部落を目指すか又思案が始まった。結局昨日の計画通り上葛川を目指す事にした。
7:09  うっそうとした檜の樹林帯で周りが暗く感じられる。露が落ちて来るのが減ったので、ここでカッパの上着を脱いだ。汗を押さえて飲む水の量を押さえたいと思う。

7:17  「ガウガウガウ」と鳴き声がする。蛙でもなさそうだし鳥かな、もう少し近づいて記録してみよう。
7:51  長い長い下り坂だった。檜の樹林帯ではなく杉の木の樹林帯だった、下に落ちた木の枝と葉で気がついた。相当降りたので高度をだいぶ下げたと思う。又登り返しは大変かも知れない。今一軒目の民家を見つけた。
8:02  上葛川部落の小川で出発以来始めて顔を洗った。汗をかいて最近はそれを拭きもしないため、顔も手もズルズルだ。手も良く洗ったが、染み込んだ汚れはとれない。
8:09  この川で水を補給し、顔も洗った、次の行き先も確認したので後は出発のみだが、綺麗な花が咲いている、面倒だがカメラを出して写真を撮っておこう。

 
露を含み清楚な佇まいのシャガの花 

8:21  久しぶりに写真を撮った。花の写真とその後風景はそんなにたいしたものでは無いが、久しぶりに写真を撮った事で少し落ち着いた。
8:33  部落とは言っても10軒程の家しか確認出来ない小さな集落だ。バス停の自動販売機で蜂蜜レモン一個を買っていよいよ出発だ。
9:18  岩ノ口に到着。上葛川からは本格的な雨になり、ずっとカッパを着て暑いのを我慢して登っている。次は花折塚に向かって出発。
11:01  花折塚に到着。この区間は車道と平行しており、奥駈道が車道に接するのが5~6回あり、最後に舗装のしていない林道に出る。ここでは道標が不親切で迷い道をし、10分程のロスをした。

 
 玉置山のシャクナゲ

11:57  玉置山山頂に到着。山頂には石楠花が沢山あり、蕾みが多く、既に花の咲いた木も沢山ある。石楠花の当り/外れ年は場所によって違うのか、それとも里の石楠花の様に堆肥等の人為的な世話によって、ここでは毎年咲くものかもしれない。現に玉置神社では5/8から5/14迄石楠花祭りが開かれるという。後で写真を撮る事にしよう。

12:22  玉置山を出るともう水場は無い。カロリーメイト2個と大好きな芋ケンピを食べ、僅かの水を飲む事で昼食とし水を節約した。綺麗に咲いた石楠花の写真も撮り、大休止も取った。さあ出発だ。
13:07  本宮辻に到着。次は大森山。谷からガスが吹き上げ、ガスの間から向こうの山の緑が浮き上がり、幻想的な雰囲気を作っている。残念ながらカメラを取り出す事はしない。
14:39  大森山山頂1078mに到着。長い長い登り坂だった、休憩も取らず、水も取らず一気に登り切った。歩く事に慣れて来たせいか、それとも雨が体の熱を奪い、歩き易かったのかどちらかだろう。

15:45  テントを張るのに適当な場所を見つけたので、ここでキャンピングだ。歩くプロになった様で、歩こうと思えば幾らでも歩けそうな気がする。今日は道がぬかるみ結構危ない場面もあった。急な下りは足のグリップが効かないので特に気を付け、木の枝や草等を掴み慎重に下った。転倒しないくらいのスリップは何回もあり、一度は大きく転倒したが、ザックが身を庇ってくれた。この場所だと明日は本宮に3時頃には辿りつきそうだ。

16:24  テントの設営が終わった。雨の中での設営は今回が始めてだ。今までは運が良く設営の頃になると雨が上がっていた。ザックを濡らさない様に、又出来るだけ速く設営するには如何すれば良いか、等考えながら作業をしたが、結局かなりあちこちを濡らしてしまった。濡れるのが嫌等と考えていては、こんな長期の山行は到底出来ないかもしれない。何事も大雑把な気持ちで対処するのが良さそうである。まだ16時過ぎなのでもう少し歩きたかったが、雨で体の熱を奪われて少し寒さを感じる様になっていたので、この辺が潮時だろう。まだカッパを脱いで半そで姿のままだが、テントの中は以外に暖かく、これで少しコンロでも焚いてやれば直ぐに悪寒は治るだろう。

19:37  今日の反省は、道迷いがあったが、あれは道標が悪い。折角道標を設置するなら、始めて通る人の気持ちになって何処に設置すれば一番判り易いのか等考えて設置すべきだ、あの道標は非常に不親切だった。今日は非常に路面が悪く、かなり注意して歩いたにも関わらず、何度もスリップしかけた。最後にはドスンとやったがザックが身を庇ってくれ怪我には至らなかった。水の補給を上葛川の集落に下りて安全を図った。(時間は掛かるが、沢に下りて道迷いするよりましだ)この集落は家が10軒程しかなく、何を生業にして生活しているのだろう。小さな茶畑が有ったがあんな物では生活の基盤にはならないだろう。集落には店もなくバス停にジュースの自動販売機があるのみだった。ここで買ったジュースはまだ飲んでいない、大事に持っている、明日が楽しみだ。明日は6~7時間で熊野本宮に到着の予定だ、その1時間前には備崎の川岸に到着する。ここで体を清めて本宮大社にお参りするのが一般的な奥駈の最終行動の様だが、自分の場合は如何するのだろう、その時の気分でなる様になろう。明日は温泉旅館に泊まり、ユックリと湯に浸かり、伸び放題の髭を剃って、美味しい御馳走を食べようと思う。明日も4時起きの早立ちだ「お休み」


52日(六日目)

4:42  一晩中雨が降り、パラパラとテントに落ちる雨音であまり良く眠れなかった。3時過ぎには起きて地図を眺めながら今日の作戦を練っていた。4時から食事を始めて、今美味しいコーヒーを一杯飲んで食事を終えた所だ。今日も一日雨の中を歩くのかと思うと少し気が重いが、奥駈道の最終地点に到着出来るのは大きな喜びだ。
6:10  篠尾辻の近くと思われるキャンプ地を出発。テントを撤収する間だけ殆ど雨が上がって助かった。それでもテントはビショビショに濡れ、かなり雨水を振り落とした積もりだが、水を含んで相当に重くなっている。テントをビニール袋に入れて、他の物を濡らさない様にした積もりだがどうなる事やら。

6:48  五大尊岳825mに到着。次は六道の辻迄1時間10分となっている。地図で見ると緩い下りで最後に少し急な下りの様で、結構穏やかな道の様だ。相変わらずガスが掛かり、折角ピークにいても全く展望はない。所々石楠花が咲いていたが、花はそんなに多くは無かった、やはり玉置山の石楠花は特別な様だ。
7:24  穏やかと思えたこの道は、等高線に乗るか乗らないかのアップダウンの連続で、急坂とスリップのし易い道で悪戦苦闘して歩いている。先ほど手がかりに掴んだ岩で、手の平に怪我をしてしまった。草や木や岩を掴み、ばい菌が入り易いと考えて、一応の手当てをした。まだ暫くこんな感じで道が続きそうなので気を付けて進もう。

8:15  六道の辻に到着。なんとも酷い道だった。特に急な下りはスリップを押さえるのに苦労した。ジュースでも飲んで少し休憩をしよう。
8:46  大黒天神岳573mに到着。道標が判り難いので慎重に地図で確認する。小井谷東敷屋と金剛多和・玉置山と書かれていて、本宮方面が明確にされていない。この道標に無い方角の道が奥駈道本宮方面らしい。又雨が強くなってきた。

9:15  途中経過報告。大黒天神岳からの下りは凄い強風で、谷から猛烈な勢いでガスが吹き上げ、ちらりと見えた向こうの山も谷からガスが吹き上げている。今、谷の底のガスの抜けた間に4~5軒の人家が見える。人里に近づいた事を教えてくれる。このコース、時期は過ぎていたが、沢山のツツジが咲き乱れていた(花が沢山散っていた)。後30分程度で吹越宿跡に着くだろう。段々本宮に近づいている事を実感する。

10:04  吹越宿跡に到着。途中からは舗装された林道を通ってここまで来た。これから吹越峠に向かう。林道を歩く時、熊野川がちらりと見えた。更に本宮に近づいた事を感じさせる。
11:14  七越峰の手前のさゆりの広場らしき所に到着。公園になっていて、幸い雨も止んでいるのでここで食事をとる。風が強くコンロを焚くのは面倒なので、又カロリーメイトとお菓子を食べて昼食の代用とした。地図の時間では既に七越峰に着いているはずだが、少し遅れている。

11:28  腹ごしらえが出来、これから出発する。
11:37  七越峰に到着。ここにも石楠花が沢山あり、花も咲いているがもう既に終わりの時期で、大分散りかけている。山の高度が低く、南に位置しているからかも知れない。花の量としては多く、大峯山系の北側と比べると対照的だ。
11:52  七越峰の訳の解らない道標に引っかかって、又山頂迄舞い戻ってきた。全く人の考え方や行動を無視した信じられない道標だ。
12:24  結局七越峰には3回も登り返し、最後には当てにならない道標を無視して、地図の方角に合致した小道を選んで林道に出、そこから奥駈道の道標を見つけて、再度奥駈道に入った。今は熊野本宮の大きな鳥居と熊野川が見えている。

 
備崎の川原 

15:17  13時頃、備崎の川原に到着した。大峯奥駈道をほぼ縦走したのに、何かを成し遂げた感動はない、今の最優先課題は何もかもずぶ濡れになった装備と、この体の汗臭さを如何するかと言う事だ。ビショビショに濡れた装備全てをザックから出して、雨が上がり乾いた川石の上で干し、ザックの中にたまった水をタオルで拭取り、ザックの口をテントのポールで開けて風通しを良くして乾かした。上半身裸になり、臭くなった頭も体もついでにTシャツも川の水で洗ったが、石鹸が無いので匂いはなかなか取れない。乾燥が終わったテントは相当軽くなったような気がする。再び装備をザックに収めると、軽さが実感できる、装備以外にかなりの重量の水を運んでいた事になる。さあこれから本宮大社に向け出発だ。

15:24  今備崎の橋を渡っている。やはり装備を乾燥したのでザックは非常に軽い。本宮大社にお参りした後、今日は旅館に泊まる積もりで、濡れた装備で宿に入るのは気まずいと思い、装備を乾燥した事が思わぬ効果となった様だ。うまく宿は取れるだろうか。

17:47  大社にお参りを済ませ、大社前の食堂で食事を取った。久しぶりに肉でもと思ったがそんなメニューは無く、腹のたしになるだろうと焚きこみ御飯に少し山菜が付いたものにした。期待した宿は本宮にはなく、初日に小笹の宿で知り合い、私より2時間程遅れて備崎に到着した人からの情報で、大社から2km程川を遡った川原に「わくわくの郷キャンプ村」が有るのを知り、今そのキャンプ村でテントの設営が終わったところだ。このキャンプ村には温泉とコインランドリーが付いており、価格も1300円と手頃で旅館に泊まるより誰にも気兼ねしないで済む分気軽だ。さあ今からユックリ温泉に浸り、汚れた衣服を洗い、自動販売機にはビールも有るのでビールで祝杯を揚げよう。

 
わくわくの郷キャンプ村 

18:42  今温泉から上がり、久しぶりに入った湯でさっぱりした。伸び放題の髭を剃ろうと思ったが、温泉には剃刀等の備品を売っていない、と言うよりも管理人も置いていないので、髭だけは相変わらずだ。汚れた服を全部コインランドリーの洗濯機に放り込んだ。酒の飲めない自分はビールを飲みたいと思う事など殆ど無いが、今日は何故か飲みたいと思う。

21:22  今日奥駈道を歩いて熊野本宮に到着した人は結局6人だった。2日目に会った、雨が降ったら前鬼に降りると言っていた彼も無事に到着した。その彼は大社でお参りを済ませると直ぐに帰ったが、自分を入れて4人が一緒にこのキャンプ村に来た後で、更に一人がこの村に到着した様だ。その人は我々の存在を知らないのか少し離れた場所にテントを張っている。自動販売機の前のテーブルで温泉から上がった3人でビールを飲みながらお互いの健闘を称え合い、道中の出来事を報告したりして歓談した。この場には居なかったがコインランドリーに洗濯物を取りに行った時、もう一人の人にも合い少し話をした。彼はランドリーのテーブルで1/25000の地形図を広げて明日の予定を立てていた。彼も明日小雲取越、大雲取越の熊野古道を通って那智に向かうという。地形図から見ると熊野古道は殆どが等高線に沿った道になっているので楽に歩けるだろうと私に話してくれた。今日は久しぶりに人間らしい生活をした一日で、たっぷりと食べ、飲み、喋り、湯にまで浸かった。旅館でなくて開放的な気分にさせるキャンプ村に来て正解だったと思う。明日からの熊野古道は30kmを2日で歩く予定なのでそんなに無理をしなくても良い、朝は5時起きにして少しユックリしよう。


53日(七日目)

6:04  わくわくの郷キャンプ村を出発する。熊野古道を通って明日、那智大社に到着の予定だ。今日は青空が半分程見えている、しかし近くの小さな山にガスがかかっているのも見える。今日1日この様な天候を期待したい。
6:32  太陽が見える、何日ぶりかで太陽を見る。今熊野川沿いを本宮大社に向かって歩いている。熊野川は結構川幅は広いが実際に水の流れている所は川幅の1/5程度で、後は綺麗な川石で敷き詰められている。キャンプ村もその一角にあった。私が村を出発する時3台の車が村に入って来たが、休日ともなると流行っているのかも知れない。靴の話だが、2日目の夕方からそろそろ水が染み込み、それ以降ずっと濡れた靴で歩いていたが、今日は乾いた靴で歩いている。昨日備崎で乾燥し、その時は完全には乾いていなかったが今は完璧だ。何か幸先の良さを感じる。

6:54  昨日渡った備崎の橋に到着。もう太陽は30度位の角度迄揚がっている。今五新線(国道168号線)を新宮方面に向かって歩いている。「関西の山歩き100選」のガイド本によると請川バス停から熊野古道に入る事になっている。そこ迄まだかなりの距離が有りそうだ。

本宮大社の大鳥居 

7:12  「請川・かき」と書かれたバス停を見つけたが、どうもガイド本の請川バス停とは違う様だ。もう少し先に進んで見よう。
7:27  ガイド本は古道の入り口を間違えている様だ。それとも和歌山県の熊野博で古道入り口が修正されたのかも知れない。請川バス停より更に一つ新宮側の下知橋のバス停から古道入り口の標識が有る。

7:30  現在地から那智迄の予定は、下知橋のバス停から松畑茶屋を通って小口、これは熊野川町にありそこ迄13km、これを小雲取越といい、小口から熊野那智大社まで15kmこれを大雲取越という様だ。

7:55  いろいろな鳥が囀っている。熊野古道独特の杉林の静かな佇まいの中、道幅も広くて歩き易く清清しい思いだ。本来杉林は好きでは無かったが、今こうやって歩くと結構様になっており、古道に似合う様だ。

8:17  猪ではないかと思われる、腐葉土を鼻先で掘り返してミミズか何かを探した跡が沢山残っている。写真に撮ってみた。

8:32  キャンプ地を出発して以来歩き詰めなのでここらで休憩しよう。古道は道幅が2m程あり非常に良く整備されている。今現在道の右手が檜の樹林帯、左側は広葉樹の樹林帯に綺麗に分かれている。道には去年の落葉がビッシリと敷き詰められている。奥駈道と違って急傾斜もなく、穏やかなアップダウンで滑る事も無く、今日は気持ち良く歩いている。

8:49  松畑茶屋に到着して階段で滑って転んでしまった。怪我はない。
9:24  百間グラに到着。ピークで展望の良い所だ。お地蔵さんが2体祭られている。山々が非常に綺麗な緑色に染まっている。写真を撮り少し休憩をしよう。
9:31  百間グラを出発。次は石堂茶屋跡。

10:07  石堂茶屋跡に到着。テーブルと椅子が置かれ休憩出来る様になっている。水場の表示があるがセセラギの音は聞こえない。ここは休憩無しに先に進もう。
10:22  古道に入って始めて人に出会った。50才位の夫婦である。二人にキャンプの出来そうな場所を教えてもらった、越前峠を越えた所に小川が流れていてテントの張れるスペースがあるという。そこなら17時まえには到着出来て都合が良い。

11:41  ラーメンの倶にフとワカメをたっぷりと入れ、いま昼食を済まし、コーヒーも飲んだ。これから桜茶屋跡を出発する。
12:53  国道に出て小口自然の家方面に歩き、バス停で古道の標識を見つける。大雲取入り口左折150mと書いてある。ジュースの自動販売機があり喉を潤す。
13:30  円座石を通過、写真を撮った。
13:46  もう蝉が鳴いている、何と言う蝉だろう、ミンミンでもカナカナでもなくその中間の鳴き声だ。

 
綺麗に間伐された杉林 

13:53  休憩所到着。越前峠はここから2.3km先になる。
14:00  この辺りの檜は間伐し、不要な枝を落として綺麗に整備されている。古道では植林した木に手を入れているのはあまり見た事がない、殆どが植えぱなしの物が多いのに如何した事だろう、写真に撮っておこう。

15:45  越前峠に到着。苔むした石段の長い長い登りの坂道だった。坂道で休憩すると登りの再開で返って疲れるので一気に越前峠を登り切った。この越前峠の登りのきつさのため、那智からの大雲取越の方が多いと聞いた。海抜が870mの位置だが登り始めた海抜が低かったので一気に800m近く登った事になるだろう。これから後30分程度で小川の流れている場所に着く、今日はそこでテントを張る積もりだ。

16:33  四時過ぎにこの小川の辺に到着し、今テントの設営を完了した。あまり綺麗な小川ではなさそうだが、まあ水は飲めるだろう。ここは林道の終点になっていて、車の轍の跡が有る。ここ迄来れば明日は3~4時間程度で那智大社に着けるだろう。

18:28  18時には食事を終わってやる事も無く、このボイスレコーダの始めから20数個の記録を聞き返していた。もう既に一週間前の出来事なので忘れかけていた事が、自分の声を聞きながら段々に思い返されて来る。紙への記録ではこんな沢山の情報を記録するのは多分不可能だろう、しかも行程の大部分が雨の中で。このボイスレコーダが一時使用不能になった時は、今まで記録したものが全て消失したと思い相当のショックを受けた、又それと前後して動かなくなった腕時計は、その2日後から動き始めた。相前後して二つの電子器機が壊れた事は、あの辺りに大きな磁場でも有るのかなとも感じるが、レコーダが壊れたのは記録中に水滴がレコーダのマイクにポタリと落ちた時だったので、そうとも言いきれないだろう。奥駈道北側の山の高度は結構高いので、気温の低さとガスと水滴、電池の寿命と、磁場等の相乗作用が働いたのかも知れない。明日は奥駈道と熊野古道の縦走という、私にとっては壮大な計画が達成される日だ。繰り返しリハーサルを行う等、仕事以外でこれほど計画的に物事を進めた事は生まれて始めて経験した。精神的にはリハーサルで行った紀泉高原とダイヤモンドトレールの縦走で、奥駈道の縦走は終わっていた様な気もする。あの時は自分の人生を振り返り、様々な事を考えかなり精神的に消耗したが、今回はこの雨の中でも山歩きを楽しんでいる気がする。少し速いが今日はこれで寝よう。

 
苔むす石段の続く越前峠 

20:33  もう深夜だと思って目をさましたが、まだ20時過ぎだ、なかなか寝つけない。先ほど雨がパラパラとテントに落ちる音がしていたが、今はあがっている様だ。寝るのが速すぎたのか、歩く量が少なくて全く疲れていないのか全然寝つけない。又雨の音が始まった、明日だけは雨の中を歩くのは嫌だ。那智大社に着いた後、バスに乗るにしても宿に入るにしても、ずぶ寝れの装備と体でそれをやるのは気が引ける。晴れとは言わないまでも雨だけは降って欲しくない。取り敢えずラジオでも聞いて眠気を待とう。

20:36  先ほどの記録でファイルが最終の199に達して、自動的にフォルダーが切り替わるかとも思ったが、それは無かった。記録フォルダーの変更はオペレータがやる必要がある様だ。又レコーダに時計機能が無いのかと、表示ボタンを押していたらちゃんと時間表示も出来る事が解った。腕時計がダウンして時間の確認に、ザック奥に仕舞い込んだ携帯を取り出して行ったあの行為が、レコーダの表示ボタンを押すだけで出来たとは、自分の取り扱い説明書を読まない体質を反省しなければならない。

20:56  トイレにテントの外に出た、パラパラと音はしていないが霧雨が降っている。ガスではなくて雨だ、明日が思いやられる。この縦走で天気が良かったのは初日と今日だけだった。今日は夜の20時位にはもう雨に変わっている。昼間歩いている時には降っていなかったので良しとしよう。

21:04  ヘッドランプの光がテントを明るくしているのか、小さな動物(トカゲかヤモリのような)がテントの上をチョロチョロと這い回っている。かなりの高速で動き回っているのが、テントに写る影で見える。トカゲが夜行性の動物とは思えないし、通常家等に住み着くヤモリがこんな山の中に居るとも思えないし何だろう。テントの中には大きな蚊の様な虫も何匹か入っている。


54(八日目)最終日

4:48  4時30分のアラームが聞こえなかった様で今目覚めた。一晩中雨が強くなったり弱くなったりして、降っていたようだ。テントの側に小川が流れ、セセラギの音が結構大きいので、大粒の雨が降らないとパラパラという音は聞こえないが、良く耳を済ますと小雨でも降っているのが感じられる。今日は昨日考えた、最悪のシナリオで進行する悪い予感がする。

5:27  朝の食事を終えた。食事の間も雨はずっと降っていた。ゴミ袋がかなり大きくなって来て、袋を開けると嫌な匂いもする、こんな物を持って歩きたくは無いが、山の中に捨てる訳にはいかない、大阪まで持って帰ろう。トイレットペーパーの話だが、これはもちろん整理現象の後始末から、食べ終わった食器の清掃と、山旅には欠かせないアイテムだが非常に湿気に弱い事が欠点だ。今回3日目にビニール袋に入れたそのビニールがザックの中で擦れて破れ、ペーパーがかなり湿気を持ち予備も無いので焦ってしまった事がある。この時ペーパーをガスであぶって乾燥させ、破れたビニールを火で溶かして溶着させ、その上からスーパーの買い物袋をかぶせて対策したが、効をそうして今だ健在だ。これからの山旅の教訓にしようと思う。嫌な雨だが出発の準備を始めよう。

6:00  テントの中の片付けは終わった、幸い外の雨は小降りになっている。テキパキとテントをたたもう。
6:17  テントの撤収が終わった。何時もそうだがテントを撤収する間、雨が止むか小降りになる、不思議な事だがこれも私の人徳によるせいだと思いたい。この小降りが、晴れなくても良いから続いて欲しいと思う。さあ那智に向かって出発だ3時間強で到着するだろう。

6:40  石倉峠に到着。お地蔵さんが一体祭られている。斎藤茂吉の詩もある。「紀伊の尾根大雲取の峰越えて一足毎に我が汗は落つ」こんな意味の歌だ。道標は、次は地蔵茶屋休憩所を経て大扉那智山へとなっている。今日は途中でガスコンロに火を付ける事も無いので水を2kg減らして、500gの飲料水のみとし荷物の軽量化をはかっている。雨は相も変わらず強くなったり弱くなったりを繰り返している、天候の回復は望めそうにない。この辺りの杉の木は先端に露をたっぷりと貯めて怪しく光っている、ガスで霞んだ空がそれを妙に演出している。しかしザックからカメラを取り出す気力はもはやない。

6:56  大雲取地蔵尊に到着。地蔵さんを30体位祭った祠があり、「ありがたや大雲取の地蔵尊、導き給え花のお寺へ」の碑が祠の前に立っている。

8:32  舟見展望休憩所に到着。屋根着きの休憩所でテーブルと椅子が準備されているが、ガスでびっしょりと濡れてくつろぐ事は出来ない。高度はまだ800mを越えている様だ。相も変わらず雨とガスの中を歩いてきた。今のコースで中学生と思われる一団と遭遇した。5~6のグループに分かれていたが、中間とラストのグループに先生が付き、子供達は大きな荷物を担いでいるのに、先生は荷物を持っていないという凄くハンディーを持ったグループ旅だなと可笑しくなってしまう。林道には車の中でサポート隊の先生が待機し、旅の万全をきす事に先生方は躍起になっているのかも知れない。2番目のグループの子が私の前を通り過ぎた直後に滑って転倒した、一瞬如何しようかと迷ったが元気な子供の事、大事には至らなかった様だ。コケ蒸した石畳がたっぷりと水分を含み、滑り易い状態になっている事を先生は教えたのかそうでないのかは知らないが、自分の体でそれを覚えるのも課外授業の一つだろう、子供達がこの雨中の辛い古道歩きを、良い体験として生かしてくれる事を祈ろう。

9:49  大扉古道入り口に到着。大社迄後30分程度だ。ここで一息入れて行こう。雨は結構強い時もあり、今はシトシトと降っている。ここらのツツジは満開を通り過ぎて、既に花弁の半分が地上で濡れている。他にはガスに囲まれて何の展望も無い。
9:53  大雲取越をするのか、今日は雨の中沢山の古道を歩く人に出合った。お年よりから若い子迄良くこんな雨の中を歩くものだと関心する。大阪辺りのハイキング道では見られない光景だ。

10:27  那智大社に到着。満願成就だが大した感慨は無い。この強く雨の降る中、沢山の人がお参り(観光)に訪れ車も一杯だ。暫く思案したが濡れた体で旅館を探す気にもなれない、このままバスに乗り大阪迄帰る事に決めた。最後は以外に呆気ない幕切れとなったが、家に帰った後でこの体験が自分の人生に生かされる事を祈ろう。

 Home  Back