八経ガ岳山行記

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2002/04/20

  八経ガ岳山行は今回が4回目であり、少しコースを変えて違う見方をして見る事と、来週の大峯奥駈のリハーサルとして長丁場を歩くという目的で次のコースを設定した。

18日 : 会社を定時で退社後観音峰登山口駐車場へ(車内泊)

19日 : ミタライ渓谷遊歩道 → 行者還トンネル西口 → 弥山 → 八経ガ岳 → 弥山(テント泊)

20日 : 弥山 → 狼平 → 栃尾辻 → 天川川合 → ミタライ渓谷 → 観音峰登山口

18日  早く帰りたい時に限って仕事が発生するもので、今日も先日ソフト改造した件のテストをやりたいとの話があり、何とか18:30に仕事を片付けて大急ぎで風呂に入り、何時もの芋膳で食事を済ませると一目散に観音峰登山口駐車場へ向かう。最近山に入ると歯磨きもしないので、今日は歯ブラシを持参し、黒滝の道の駅で歯磨きをする。ここでエンジンを懸けて就寝している車が一台ある、折角の環境を排気ガスで汚して欲しくないなと思いながら観音峰登山口に向け発車する。22:30着

 

19日  4:00起床、新車になっての車内泊は2回目で、1回目はうまくシートをコントロール出来ずに足元が少し窮屈な状態での就寝となったが、今回は後ろ座席のシートを目一杯倒す事で完全に足を伸ばして寝る事が出来た、又キャンピングマットを敷いて寝たので最高の寝心地である。大峯奥駈での朝食は乾パン+即席味噌汁と決めたので、本日リハーサルとして早速実施するも少し物足りない。早朝からの乾パンは喉を通り難く、味噌汁で何とか流し込んだ状態だ。しかし8泊の長丁場ではパンは持って行けないので、これで辛抱するしかない様だ。

    5:05まだ薄暗い中ヘッドランプを点けて出発、ミタライ遊歩道で渓谷の水の音と鳥のさえずりを聞きながら、薄明かりの中でも新緑の心地よさが伝わってくる。しかし先を急ぐのと薄暗い事でそれを味わっている暇はない、足早に309号線白倉出合に向かう。車で走る309号線は狭く走り難い印象しか無かったが、歩いて見ると延々と続く美しい渓谷、特に今のシーズンは新緑に彩られ、何とも清清しい渓谷歩きを楽しめた。309号線で「河童の里」と認識していた標識が、歩きながら良く見ると「河鹿の里」であり、車窓から見る標識読みのいいかげん差を知った。

    7:05ゲート到着、地図ではゲートの遮断期間は12月15日から翌4月30日となっているが、現地標識は12月15日から翌4月15日となっており、既に開門されていた。トンネル西口に向かって結構ツツジが点在しているが、花びらが半分近く散っているものもあり、今年の花は桜同様異常に早い様だ。3月のこの道に沢山あった落石は綺麗に片付けられ、道路脇には片付けた石が積まれた事が覗える個所がいくつか確認でき、またこの作業に使われたと思われるパワーショベルも2台道端に止めてあった。


 
新緑の川迫川渓谷 
 
渓谷沿のツツジ 
 
 
 
 数少ないシャクナゲの蕾
 
 幅広の葉が素直に伸びるバイケイソー
 
 弥山の残雪

    8:25トンネル西口到着、行者還トンネルは補修が終わって開通している。東口の明かりも微かにみえる。今度は落盤を生じない様、頑丈な鉄の波板で内部を覆っている様だが、見かけは少し不細工に感じる。これから169号線との行き来が楽になるので歓迎できる出来事だ。

    9:35奥駈道出合着、トンネル西口の急登にある石楠花の木は殆ど蕾を付けていない、10本の木に1つ見つけられるかどうかの非常に寂しい状態だ、石楠花の花は隔年に咲くと聞くので今年は駄目な年なのかも知れない。ここに来て気温が上昇し、おまけに急登で体温も上昇してきた、汗だくになる前にと山シャツを脱ぎTシャツの夏姿に変身した。しかし奥駈道出合近くでは2cm位の霜柱が立っており、山上ではまだまだ寒いのかもしれない。

    10:25聖宝の宿着、奥駈道に入るとトウヒ以外の樹木の緑は無くなり、広葉樹の新芽は先端が白く色付き今にも弾けそうなものもあるが、大部分はまだ硬く蕾んだままである。来週の縦走ではどんな表情で迎えてくれるのだろうか、楽しみな事である。木以外の緑としてはコケと、至る所に群生している長く幅広の葉が素直に上に伸びる初めて見る草がある。名前を知りたい。弁天の森では3cmの霜柱あり、やはり山頂は寒いのだ。少し平らな面に窪地が有れば水を貯めているか、ぬかるんでいる。雪が溶けたばかりなのだろう。

    11:30弥山着、弥山から降りてくる女性の単独登山者に会う、ここで先ほどの草の名前を聞くも彼女も知らないとの事。弥山に近づくにつれて残雪が多くなる。昨年の11月の早い雪にも感動したが、この時期になっても残る雪にさすがに「弥山」という感じだ。途中シャリバテか、体を動かしたくない気分になり、ピーナッツと水で一息いれて体を誤魔化す。

  食事にラーメンをすする。これも奥駈の昼の規定メニューである。物足りなさを感じながら、テントを設営し、撮影用具一式とポリ容器500ml×4を持って八経ガ岳に向かう。ここで何時も思うのは、近畿最高峰の場所にいるのになぜ遠くの山の方が高く見えるのだろうという疑問だ。今日は幸い紙と鉛筆がある、三角点の周りに積み重ねられた石の上に座ってジックリと考えて見た。図を描いて見ると以外に簡単な事である。人間の目には絶対水平を感じる能力は無く、他の山との比較のみをやっている、しかも見えた通りの。これが問題で視線を隣の山の山頂に持って行くと、自分のいる場所が高い為、はるか向こうの低い山が視線の上に入り、その山が如何にも高く感じるという目の錯覚だ。山の一つの疑問に終止符を打った。

  八経ガ岳からの帰りには、鞍部から更に5分程沢に下って水場を探す。かなりの水量が有り枯れる事はなさそうだ。ここが狼平に通じる小川の源流だ。誰もいない弥山と八経ガ岳とそしてこの水場、心地よい日差しの中で、セセラギの音と小鳥のさえずりを聞きながら、俗界では何一つ自由に出来ない自分が、この大自然の全てを独占している。何と言う幸せな時が流れている事だろう。

   弥山に戻ると二人連れの外人がいる、和佐又で一度日本人連れの外人を見かけた事はあるが、こんな山頂に外人のみのグループは始めてだ、こんにちはと声を掛けると、訛りのない日本語でこんにちはと返してくれた。私の持っていた地図に興味があるらしく、この地図は何処に売っていますかとこれまた流暢な日本語で質問してくる、書店で売っていますよ、書店??、どうも解らないらしい、こちらも咄嗟の事で”book store”が出て来ない。この地図を買っても日本語で書かれているけど日本語読めますか、読めない。これで地図の話題は終わったが、大普賢、大普賢と言いながら大普賢岳を示し、英語のガイドブックを開きながら昨年の10月に山上ヶ岳から大普賢岳、弥山、前鬼と歩いた事を教えてくれた。奥駈道に興味を持ち、それを歩くとなると日本の修験道に大きな関心を持っている外人と思い、この奥駈道が修験者の通う道でと説明を始めたが、まず修験者がわからない、日本の宗教の一つに修験道があり??、肉体と精神を鍛えるために山を歩く??どうもこんな会話になると全く通じない、話始めると流暢な日本語で解らないと答える。自分もかって英会話を勉強した事があるが、教材にこんなシーンは無く英語で説明する事が全く出来ない、何ともちぐはぐな会話に終わってしまった。15時も過ぎているので彼らの帰りの事が気になり聞くと、トンネル西口に車で来ているらしい。大丈夫?ときくと大丈夫・大丈夫と奥駈道を大普賢岳方面に下っていった。

 

   少し昼寝をして夕景を撮ろうと思い17:30に起きて大普賢岳にカメラを構えるも、どうも様子がおかしい、和佐又山の手前辺りで下から猛烈な勢いでガスが沸きあがり、見る間に大普賢岳を覆い尽くす、大自然の営みに唖然として見ているだけであった。弥山の辺りも薄らとガスが立ちこめてきた。今日はもう食事をして寝るだけだとテントに戻る。

   今日の夕食は乾燥食品でガーリックのリゾットだ、これが結構美味い、しかしやはり何か物足らない、量的な問題か。今日は3食共物足らなさを感じる食事で、こんな状態では毎日20km以上を歩く奥駈の8泊は持たないだろう、何か対策を考えなければ。忍び寄るガスを感じながら就寝に入る。

 
         ガスに隠れる大普賢岳

20日  4:30起床、乾パンと味噌汁の朝食を済ませ、テントを出ると雨は降っていないがガスの所為かテント表面はずぶ濡れだ。寝袋も相当湿気ている。5:50視界10m程のガスの中を川合に向かって出発する。

    6:25狼平着、トウヒの立ち枯れが進む個所が2箇所あり、これは大台ケ原だけの問題ではなさそうだ。大台ケ原では一切の原因を鹿の食害にしているが、弥山周辺でも立ち枯れが進むとなると、何か他にも原因があるかも、例えば酸性雨とか。狼平に近づくと立派な木道が続くが、あまり似つかわしいとは思われない、神聖な山にあまり手を入れるのは好ましいとは思えない。狼平は豊かな水源があり、立派な非難小屋と平地もあり、キャンプに最適だ。小屋の中から天候が心配そうに空を眺める人がいる、挨拶するとこんな早くに下山?何処からと聞くので、昨日は弥山でテント泊というと、あー、あのテントはお宅だったの、それ以上の会話は進まない、話が弾むには時間が早すぎる様だ。小屋を過ぎると直ぐに川合と双門の分岐標識があり、駐車場に戻るには断然近い双門側に心が揺れるが、今日来た目的に反する事を思い返して川合方面に道をとる。

    8:00栃尾辻着、なだらかな下り勾配の道を快調なペースで歩きながら、何故かこちら側には石楠花が無いのに気付く。石楠花は勾配のキツイ所でないと育たないのかも知れない。石楠花の事を考えていると葉の裏がなぜ茶色なのかに又疑問が沸く。トウヒの高度迄は上がらない石楠花ではあるが常緑樹であり、他の秋に葉っぱを落とす広葉樹と違って何か寒さ対策をやっているはずだ、例えば針葉樹は葉の表面積を小さくして寒さを凌ぎ、  と考えて、アイデアが閃いた。寒さ対策の為に裏葉を温度の吸収し易い茶色にし、雪面から跳ね返る太陽の反射熱を吸収しているのだと。石楠花の群生する地点では雪も葉の下位迄しか積もらないのだろう、又石楠花自身もそのためにあまり大きくは成長しないのだと勝手な創造をした。この山行で2つの科学の疑問を自分で解決した事に満足する。

   こちら側には石楠花はないが、やはり常緑樹だと思われる千両の低木が、トウヒが終わる頃から始まる。この千両は雪に埋まってどうして生きているのだろうとマタマタ新しい疑問発生。

   このコースは地図から頂仙岳と名前の記載のないピークを越えるものとばかり覚悟していたが、頂仙岳は200m位東に、もう1つのピークは上手に左に巻いてアップダウンの少ない歩き易いコースであった。いかに地図を読んでいないか反省をする。ナメリ坂に入ると、「ここから栃尾辻の間で熊の目撃があり注意」の標識がある。思わず大声で訳の解らない歌が出てくる。熊は自ら人のいる方には近づかないというから。こんな時のために一曲位正確に歌詞を覚えて何時でも大声で歌える様にしよう。

   栃尾辻で休憩していると、狼平で小屋泊まりしていた3人グループに追いつかれて話が弾む。南の方から雨が近づいているので、前鬼行きの予定を変更して川合に出るとの事。各地点の小屋を上手に使っている様で、前鬼の宿坊も管理人がいない季節でも泊まれる事を知った。熊の話を持ち出すと、彼らも標識を見てから急に大声で話す様になったと笑っていた。

 

    10:20河合着、栃尾辻を過ぎると杉と広葉樹の混じった低山特有の植生に変わり、下るに従って広葉樹の新芽は若葉に変わる。先週和泉葛城山で見た景色と同じだ。ここで先行出発した先程の3人連れに追いつくと、若い者にはかなわないので先に行ってくれと、道を譲られる。私はそんなに若くないですよ、たぶん御宅らと同年位だと思うけどと言うと、僕らは毎日が日曜日のグループだと言って笑った。川合に近づくと町は見えていないのに、何処かの店が流すのか音楽と、ブルドーザのエンジン音が微かに聞こえ、俗界に戻る寂しさを感じる。川合の民家の庭先で石楠花が鮮やかに花を付けているのを発見、写真に収める。今年の山の石楠花は、花は非常に少ないと予想しているのに、この石楠花の花の多さはどうだ。改良されて山の石楠花とは違う性質を持っているのかも知れない、ちなみに裏葉の茶色の色はかなり薄い。

    11:10白倉出合着、川合からミタライ渓谷遊歩道に入り、白倉出合を目指す。よく整備された遊歩道で所々にベンチやテーブルが置かれ、一段高く展望台もある。北岸に絶壁の新緑を見ながらの歩行は心を落ち着かせる。土曜日で絶好の行楽日和というのに、誰にも会わないというのは何とも勿体無い事だ。

    12:00観音峰登山口駐車場着、白倉出合の紅葉の土日は人で埋まり、車を整理するガードマンも出るほどだが、今日は人が少ない。どんなに凄い所かと車で通過しながら思っていたが、想像以上の渓谷美だ。昨日の朝も通った道ではあるが、今改めて美しさを感じる。大渓谷に新緑が溶けこみ、中国の山水画に見られる景色を彷彿する。しかしかなりの登り道であり、バテ気味の体にこたえた。観音峰駐車場の休憩所は、バスツアーの人達が食事中でかなり込み合っていたが、その中で一人悠然とコッヘルを取り出し、規定メニューのラーメンを煮て食べ、お定まりの洞川温泉で疲れを癒して今回の山行を終えた。

 
 
 里のシャクナゲ
 
       ミタライ渓谷遊歩道の小さな滝
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