紀泉高原~ダイヤモンドトレール縦走60km

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2002/03/24

1.行程

3月21日

  公共交通 06:30南海電車.箱作駅→岸和田駅  07:45南海バス.岸和田→牛滝山

牛滝山 → 和泉葛城山 → 道路完成記念碑 → 三国山 → 槙尾山 → 滝畑
0830   0950     1050      1150   1400   1630

3月22日

滝畑 → 岩湧山 → 紀見峠 → 行者杉峠 → 久留野峠 → 金剛山キャンプ場
0640  0740  1015   1310    1450    1540

3月23日

 キャンプ場 → 水越峠 → 大和葛城山 → 竹之内峠 → 二上山雌岳 → 二上山駅
  0515     0704   0820    1210    1330     1610

2.縦走記

1日目

5時 重く沈んだ気持ちで目覚し時計のベルを聞く、何時もの山行の朝は小学生の遠足の様なウキウキした気持ちで目覚めるのに今日は思考が混乱している。ダイヤモンドトレールは過去に4回に分けた行程で縦走にチャレンジした事があり、その時はハイキングの延長として結構楽しみながら歩けた。この45kmのコースはガイド本によると健脚者が宿泊施設を使用して2泊3日、超健脚者は1泊2日で走破する者もいるとの事で、こんな超健脚者の仲間入りが出来たらと憧れの気持ちを持っていた。何回かチャレンジしようと計画を立てた事があるが、交通の関係で1泊2日では到底無理な行程だと諦めていた。最近アイデアが閃き1泊2日の前に短い距離を加え1泊を追加し、近場から出発出来れば実行可能だと。そこで上記の様に紀泉高原縦走を前に持って来た行程を立てたが、実際にこれが重いテントと食料を持っての縦走となると気持ちが重い、しかも天気予報は春一番が吹き、雨が降る予報になっている。朝の食事をしながらも迷う、志高のメンバーにはこの縦走計画を発表したし中止するのも引っかかる物がある。大峰奥駈の前哨戦として嵐の中での縦走とテント張りは良い経験になるかも知れない、又エスケープルートも沢山あり途中で何かあったらそこで中断しても良いと自分を前向きに納得させて決行を決断する。

6時30分 52kgの男が70kgに変身して出発。何時もの祝日であれば数人のハイカーが乗り込むはずの岸和田駅からの始発バスは、春一番を警戒してか誰も乗っていない、いやな予感で牛滝山に到着。ザックの重みが肩に食い込む中、何故か異常に早いピッチで歩いているのを感じる。春一番の吹く前に少しでも遠くへ行こうと言う心理が働いているのか。和泉葛城山山頂付近から風が出て来た。山頂ロータリーからパラボラアンテナの下を通って道路完成記念碑に抜けるコースは過去2回も道迷いしており、今回は特に慎重にコースを選びロスを防止する。このコース付近はモトクロスのメッカとなっており、今日も山中にオートバイのエンジン音がコダマする。風が猛烈に強くなって来た、杉の木は大きくしなりギーギーと悲鳴をあげる。隣の木とぶつかりガリガリと擦れ合う。枝が折れて頭の上に落ちて来たらどうしようと、少し恐怖を感じ更に足早になる。道路完成記念碑からは舗装された道路が三国山頂迄続く、山頂の気象レーダーのメンテ用に整備しているのだろう。道路には杉の木が折れて道半分を塞いでいる場所がある。レーダー付近で風の弱い場所を探して昼にする。雨が降りだしたのでカッパを着ながらラーメンの用意をするが、早く湯を沸かさないといけないと思う気持ちから、沸かした湯の量が異常に少ない、ラーメンの1/4が湯の上にある。新たに湯を沸かすのも面倒だし、無茶苦茶に濃くなったラーメンを一気にすすって足早に出発する。

朝のハイペースがジワジワと体に効いてきた、カッパは蒸れるし、おまけに足元を濡らさない様にと着けたスパッツから熱が徐々に体の上部に伝わって来る様に感ずる。4~5mの細身のツツジが赤紫の可憐な花を着けて点在している。雨に濡れしっとりしているのは良いが、強風で揺れる花はとても写真の対象にはならないと、疲れた体がザックからカメラを取り出す余裕の無い自分を誤魔化しながら足を引きずる。槙尾山に近づくと又悪魔が中断を囁き始める、ダイトレのコースを外れて20分も歩けば施福寺だ、今日は祭日だし春一番が吹き荒れているとは言え売店が開いているかも知れない、ここで美味しいジュースを一杯どうだと。この誘惑に負けると、このまま槙尾山バス停迄直行するかも知れない。自分の体力の限界を見極める縦走が、こんな事で惨めに敗退するのはいやだ、気力を奮い立たせてダイトレを滝畑のコースにとる。

さすがに滝畑にもアウトドアーを楽しむ人影はない。ジュースの自動販売機がまず目に飛び込む、ここで飲んだネクターは体に染み心を癒す、道中の妄想を一気に払いのけた様だ。気力が充実し、キャンプ予定地がコースから1km外れているのが判ると、このままコースを辿ろうと言う気持ちにさせてくれた。このまま岩湧山方面に向かって出発だ。地図にある水場発見、この当りにテントを張るスペースを探すも見つからず更に前進する。強風が遮断され道から外れて、丁度テント一張り出きるスペースを発見、平坦度も申し分無く理想のテント場だ、おまけに雨も殆ど降っていない、今日の水は心配無いので明日の分は明日確保したら良いと、ここにテントを張る。山中で一人でテントに寝る恐怖を書いたインターネットの山行の紀行文を読んだ事があるが、自分には無縁の様だ。一人で過ごす寂しさは娘が嫁に行った時以来のものだし、今滝畑の渓谷のセセラギが夢を誘う。どの位たったのだろう無性に喉が乾く、喉を潤し、外に出るとぼんやりながら三日月がみえる。明日の天気を期待してまた眠りに落ちる。

2日目

 5時起床 夜中に何回かパラパラと雨の降るのを感じていたが、風も治まりまあまあの天候だ。食事を済ましテントを撤収するともう6時40分にもなっている、自分のトロ差に今更ながらあきれる。今日は“断念”の妄想はもう無い、元気に岩湧山に向かって出発だ。岩湧山山頂付近ではヘリコプターが何度も何度も旋回をしている、遭難でもあったのかと考え、何処のヘリか双眼鏡で捕らえ様とするが中々視野に入らない。10倍の双眼鏡では動いている物は見るのが難しい事を知る。その内ヘリは決められた数カ所で数分間ホバーリングしているのに気付き、双眼鏡で確認するもヘリの文字は確認出来ない。しつこいヘリの周回にこちらも気になる、三国山方面と滝畑ダム方面でのホバーリングが多い様だ。電気屋としての自分の感だが、昨日の春一番の嵐で送電線や鉄塔に異常が発生していないかをチェックする関電のヘリではと自分を納得させる。

岩湧山、ここで初めてカメラに触れた30数年前の事を思い出す。先輩に借りたカメラで花を撮ろうと花にフォーカスすると、赤く鮮明に見える花の背景のススキや山が何とボヤケテ見える、撮りたい物が強調される、これは私にとって大発見だった。初めて撮った写真でカメラの魅力に取り付かれて、以後一年半だが機材を揃えて現像も焼き付けも自分で行い楽しんだが、世の中のカラー化で白黒しか自分でやれない所に飽きが来てカメラを止めてしまったという経緯を。

岩湧山から紀見峠に向かう途中に地図記載の金明水を見つけた。名水とは書かずに明水と書かれた表示が奥ゆかしくて可愛い。流量は僅かだが、美味しく感じる。ここで1.5リットル補給する。これで今日一日水の心配はしなくて良い。1.5リットル分の増えたザックの重量は全く気にならない。

緑色の真新しい作業衣に身を包んだ自衛隊のピカピカの進入隊員十数人に出会う。たぶん野外訓練の途中なのだろう、小走りに一人ずつが大きな声で挨拶して通り過ぎて行った。何だか清清しい。またも自分の過去が蘇って来る。工業高校機械科を卒業して勤めた千葉県の会社で職員採用の自分は他の高卒より優遇され、何か気まずい思いをしながら、その分彼らにに馴染もうと彼らの仕事も手伝い懸命に過ごした。仕事も覚え誰にも負けないと自負し始めた時、この仕事は自分には物足りないと考え、自分に向く仕事は直接機械に触れて最先端の飛行機を整備する仕事しか無いと思うようになっていた。これが航空自衛隊に入隊する契機となったが、入隊すると適性検査が行われ、君のIQでは航空機の整備をするのは勿体無い、今からはコンピュータの時代だ、航空自衛隊には半自動早期警戒管制システムが構築されつつあり、その中のレーダー自動追尾のメンテナンスをやってくれと煽てられ、乗り易い私はつい本気になってしまう。第二術科学校で電子回路の基礎やブール代数を勉強している内に、どうせ勉強するなら外で勉強したいと思う様になり10ヶ月で除隊してしまうが、この時選択したコンピュータに関する仕事が56歳を超える今に繋がっているのだから、何か運命としか言いようの無いものを感じる。

紀見峠駅分技からのステップの大きな急降りでは膝を傷めない様慎重に一歩一歩足元を確認しながら降る。荷物が重いと膝への衝撃は格段に増え、明日の歩行に差し支えると大変だ。前に金剛山千早側登山口に走る様に降って、後日膝が何日も諤諤した経験を思い出す。紀見峠を過ぎると又雨が降り始める。昨日カッパの蒸れと疲れで見た妄想がふと心を過る。今日はスパッツを着けていないのと昨日より低い(かなり寒いのかもしれない、麻痺して判らない)気温で体がバテル事はなさそうだ。

今回は何か変だ、山行で何かを思い出したりするのはある事は有るが殆ど記憶には残らない。今回は鮮明に過去が現れては又違う時代が現れる。ずっと自分自身を回想している。この生き方で良かったのだろうか、すこし違う生き方をしていれば、周りに認められ、幸せな時を過ごしていたのではと。自分はたぶん今の日本からは20年早く生まれ過ぎたのだろう、仕事さえ出来れば上にでも行けるし認められると錯覚した自分は、懸命に勉強し学歴のハンディキャップを乗り越え技術的には誰にも負けない様に努力したつもりだった。こういう生き方が日本の企業には受け入れられない事を知らずに。おかげで随分大胆な仕事もこなしたがこれは縁の下の力持ちにしか過ぎない事に結果としてなってしまう。でも良く考えると誰に阿る事も無く、常に自分自身で事をなす生き方は満更ではない、今もこうして会社から高い玩具を買って貰い、趣味の様にその玩具をいじりまわす(改善・改造)事が仕事となり、それを使うオペレータから感謝され、操業能率が上がって生産量が増える。こういう人間は世の中には必要なんだ、誰もが管理監督者になれば操業は維持できない、こう思う事で最近益々仕事に力が入るし、また山行に写真にと楽しさが増す。

行者杉峠を超えて今日はじめてのハイカーに出会う、向こうから今日始めてでしょうと声をかけてくる。雨は依然シトシトと降っている。久留野峠からは少しガスも出て来た。袖口をカッパと共に捲り上げた状態では寒い。そろそろテント場の事が気になって来る。雨に濡れた場所にテントを張るのは嫌だ、金剛山キャンプ場は何回も登った金剛山でも行った事が無い、どんな状態なんだろう。

15時35分キャンプ場に到着、「キャンプ受付15時30分迄管理棟」と表示がある。しかし管理棟にもキャンプ場にも誰もいない。沢山並んだベンチの向こうで、ガスで霞んだ杉の木が寂しさを増大する。屋根付きの大きな炊事場が有り、床がコンクリートで雨にも濡れていない、水道の蛇口も沢山付いている。これはシメタと今日のネグラに決定する。残念ながら水道の蛇口のコックは付いて無くて水は使えないが、テントを張るには申し分無い。幸い今日は風も殆ど無く、吹いたとしても水洗曹が風除けになり、ペグを打ち込む必要は無いだろう。テントを張った直後に軽4輪車が通りかかり、こちらを見て不信げに止まり声を掛けてくる。この当りの管理人の様だ。“ここに泊まるのか”と迷惑そうに言う。“すみませんここだけが下が濡れていないので、ここでテントを張らして下さい”と哀願する様に返すと、“明日は何時に発つんだ”、“6時前です”向こうは安心した様に“火にだけは気をつけて”とこの場を去った、たぶん明日他の登山者に見せたく無いのだろう。前回も山頂で車を見たが、何でこんな所に車が有るのだろう、何処にそんな車道があるのだろうと不思議に思う。有ったとしても一般に開放しては、金剛山は死んでしまうから、知らない方が良いのだろう。

テントを張って気が緩むと俄然寒さが身に凍みる。重ね着をして、ずっと担いでいた三脚とカメラを漸くセットする。志高に山行報告する時に写真が無いでは見っとも無い、そんな思いから撮りたくも無いけど、何か無いかと当りを探す。雨の中では炊事場から出るのも嫌だし、ここから見えるガスで霞んだ杉林にカメラを向ける。

今日は不思議な一日を過ごした様な気がする。ずっと過去を回想し、山を歩く楽しみとかそういうものは全く無かった。修験者が何日も山中を歩く時、こんな風に色々な想い出が頭を巡るのだろうか、それとも悟りを得た彼らは無我の境地で黙々と歩くのだろうか。明日はもう少し山歩きを楽しめる自分でありたい。

3日目

4時起床、昨朝は支度が遅れた事を反省して今日は素早い動作で支度する。5時15分出発、真っ暗な中雨は上がっているが寒く、ガスが掛かり、ヘッドランプの光がガスに反射して2~3m程先しか見えない。早朝から少し風も出ている。道標を一つ一つヘッドランプで確認しながらダイトレ水越峠への道を辿る。

空が少し明けると盛んに鳥達がさえずり始める。特に鶯の声は何か清らかに聞こえる。今日は土曜日、早朝から数人のハイカーに出会う。“オハヨウ御座いますと”声を掛けるもいずれもムットして返事をしない、早朝のハイカーは人種が違うのか、起き立ちで無口なのか、鳥に見習えと言いたい。金剛山を降りた所で金剛の水を補給する。流量は遥かに多いが、金明水と飲み比べると味が落ちる気がする。

  水越峠からの石畳の急登は山に似合わない。石が登りの傾斜と平行に置か
れているため足が滑って登りにくい石畳が終わると今度は丸太2本組みでステップの大きな急登が続く。槙尾山から出発するダイトレの最大の難所だ。何とか登り終えて大和葛城山に到着した時雪がちらちらと舞う。

 
 
 ガスに霞む誰もいないキャンプ場
 二上山雄岳の山頂に咲く花
   
二上山下り斜面の山桜   開発の進む屯鶴峰

   今日は頭の中では何かを考えているのだろうが、昨日や一昨日の様にあまり考えている事が記憶に残らない。葛城山に登るのに喘いで、ただ黙々と足を進めたからかも知れない。いや一歩修験者の境地に近づいたのかも知れない。葛城山を降る頃から一昨日の春一番を凌ぐ様な強風が吹き荒れるも、僅かに雲の切れ目もあり雨の心配はなさそうだ。岩橋峠、竹之内峠、二上山雌岳へと黙々と歩く、修験者の白い衣を着せると、本物の修験者とも見間違う顔をしているのでは無いかと自分なりに感じる。先の見えて来た二上山で漸く心に余裕が出て来た。山頂で強風の中おもむろにカメラと三脚を取り出し、何と言う花だろう、小さな鈴状の花がビッシリとついた白く光輝く花がある、それに自然とカメラを向ける、風で揺れが大きいので絞りは出きるだけ開いてシャッター速度を上げよう。何時もの自分に返っている。空は雲が切れて青いスペースも見える。終着の屯鶴峰、二上山駅迄は後2時間強、心も弾み山桜も迎えてくれる。又もカメラをザックから取り出す余裕。終点屯鶴峰に着いた時自分はどうするのだろう、感激で大きな声を張り上げるのだろうか、涙で目を潤ませるのだろうか。何も起きなかった。淡々と屯鶴峰の写真を撮り、居合わせた観光客と開発の進む屯鶴峰の向かいが景観を駄目にする等と話し、近鉄二上山駅に向かい3日間の縦走を終えた。

体を傷めない歩き方をすれば、いくらでも歩ける。でも弱い精神力では一歩も踏み出せない。自分の体力を確認するための縦走は、自分の人生の生き方と精神力を確認する縦走に変わっていた。5月の連休に予定する大峰奥駈では自分の中に又何かが起きるのだろうか、出来るなら何も考える事なしに山歩きを楽しみ、神聖な大峰の空気に包まれた感動の風景がカメラに収まる事を願うが、修験者の通う道で彼らと同じ心境になれれば、それはそれで人生のまたとない体験になるだろう。

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